静かに眠る風の音
「セトがぶっ倒れた」
たったそれだけでわたわたと揺れる部隊があっていいんだろうか。いつの間にそんな重要なポジションに就いたんだ?とか思いたいところだが、実際のところあいつが居ないと士気が下がることが分かってる。エースだ。今も張り付いて離れねェし。
「おいおい、何もそこまで――...」
「うっさいサッチ!」
「まだ触りも言ってねェ!!」
つーか、おめェの回復早すぎんだろ!樽の下敷きになって救出されたのはほんの数分前だったじゃねェか!
ほんとに底知れぬ生命力で生きてることに感心するが、とりあえずエースはそんなことよりセトが心配らしい。ブッ飛ばされて下敷きにされて...その件をササッと横に置いて加害者を心配するとかマゾか。おめェ、いつからマゾになりやがった。
どうもこの三人がこの船に乗ってから調子が変わったというか空気が変わったというか、とにかく変わった風が吹くようになった。
可愛らしい笑い声が響いて、軽快な足音が響いて。ふと見れば「てめェは親心なんざ持ち合わせてねェだろ」って輩まで顔を綻ばしてあの二人を愛でる姿がある。正直、驚きだ。で、頑固で偏屈な船大工たちまでメロメロときた。すげェと思う。
「にしても無茶すんなァこいつ」
で、こいつ。小さいながらに存在感がハンパねェ。特に何したってワケでもねェのに目立つ目立つ。
掃除して掃除して掃除して...時にはシェフに頼まれて雑用して、時には船大工に頼まれて雑用して、一応交代制だから見張りして、子守して。言ったらたったそれだけがメインで動いてるだけだ。まァ、ナースに追っかけられて逃げ回る姿も見なくもないがそれはさておき。
船内をクルクルすんのは誰も同じだってのに、何故か目を引くのは新入りだからだろうか。
「無茶するくらいならおれに言えっての」
「てめェが何もせず寝てたから無茶したんだろうよ」
「おれか!おれの所為なのか?」
「まァ...てめェだな」
「なら尚更だ。俺は離れねェぞ!!」
「結論そこか!?」
静かに眠るセトの真横に顔を並べるエース。今か今かと目覚めを待ってるのは分かるがまだ起きる気配はない。
悪魔の実の能力を持たないおれとしては力をフルに使うのに何が必要なのかは分からねェが、少なくともセトは意識を飛ばすことで小柄な体に掛かる負担を回避してるんだろう。
「なァ、サッチ...」
「ん?」
「おれ、隊長失格だよなァ」
セトの顔を見ながらエースが呟く。
「結構丈夫なのがいるからって安心して任せて、結果、セトがぶっ倒れただろ?何かこう...なァ」
言うならばエースは悪い。どっかで寝てたのは間違いねェし、それにセトがキレて仕掛けたってのも別のヤツから聞いてる。が、全部が全部エースの所為ってわけじゃなくセトが自分の限界を知らずに無茶したのも悪いとおれは思う。限界を越えてまで頑張ってくれ、だなんてこの船じゃ誰一人として思っちゃない。キツければ休んでいいし、無理するくらいならして欲しくない。
「それでエースが隊長辞めるってんならいよいよ人間失格だな」
「え?」
それは隊長だって同じ。隊員のために死ぬほど無理してまで頑張る必要はないんだ。
そりゃサボるのは良くねェけど、誰も何も言わないのはエース、おめェがもっと別の場所で頑張ってるのを知ってるからだろ?セトはまだ新参で知らないことも多いだろうが他のヤツは知ってる。だから寝てたところで何も言わなかった。
大体、エースが寝てばっかなのは周知の事実だ。何もしねェのにそればっかで誰かムカついてりゃもっと早くにクビになってるさ。
「辞めるのは簡単だ。お前が自分で失格だと思って辞めるとしても、他のヤツらはお前が隊長失格だって誰か言ったか?」
「......言ってねェ」
「だろ?起きたらセトに聞いてみろよ。おれは隊長失格ですか?辞めた方がいいですか?ってな。多分、殴られるぜ」
「......"当たり前だボケ!"ってか?」
「違う。"簡単に辞めるとか抜かすなこのボケ!"だろ」
いや待てよ。もしかしたら「失格」とだけ言う可能性もあれば「辞めたければ辞めればいい」とクールに言う可能性もあるな...
「とりあえず今回は反省して改心するいい機会だと思えよエース」
「.........そうだな」
ま、いいや。どのみち「隊長辞めろ」なんてセトは言わねェだろうから後はエースの頑張り次第ってとこだろ。
「よし、おれ反省する!サンキュ、サッチ!年の甲!」
「最後のは外しとけ」
「無理」
珍しく落ち込んだかと思えばもう立ち直ったエースに苦笑する。こいつは単に強さだけで隊長になったわけじゃねェ、こういうところがあったからこそオヤジは隊長に指名したことに気付いてんだろうか。真っ直ぐ、裏表のない素直さ...だから裏切らない。何もかもにおいて。
「じゃ、おれはそろそろ行く。おめェも大概にしとけよ」
「......おう」
マルコとナースたちに頼まれた仕事はこれで果たせただろう。そう思っておれは医務室を出た。
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