おれは歩いてた。女の横。勿論、説教するためだ。その馬鹿な考えを改めねェんならレイリーさんと姉さんに頼んで此処から一歩も出さねェよう言おうかと思った。横に立ったことに気付いた女が俯いたまま、おれの方を向いた。そして、小さな声で呟く。
「.........死に抵抗はありません。ただ、死ねない理由があるだけで」
死んでも構わない、だけど死ねない、そんな理由がある。
「それは"死ぬのが嫌"ってことじゃねェか?」
「そう...聞こえるのならばそうでしょう。この気持ちは...誰にも理解出来ない」
痛い、痛いまでの何かを感じる。死と引き換えにしても何かをやろうとする声。
粋がってデカい声で叫んでるのとは違う。大口叩いときながら散々な結果を迎える連中とは違う。
小さくとも揺れることのない、ブレることのない本気の声。
「.........すみません。わざわざ...助言して頂いたのに...」
何を、やろうとしているのか。
「ごめんなさい」
「いいのよ」
「じゃあ悪いけど...お留守番してくれる?」
姉さんはその理由を知ってるんだろう。だから手を貸すと言った。
「シャンクス?」
おれは、命を粗末にするヤツは大嫌いだ。
だけど...命懸けで何かをしようとするヤツは嫌いじゃない。本気で何かに挑むヤツは、嫌いじゃない。
「.........お嬢さん。おれたちの船に乗るか?」
初めて、顔を見た。今にも零れそうな大きな目、思ってた以上に若い。
見上げた拍子に被ってたフードが落ちたことなんざ気にする様子もなく、女はただただおれを見上げて驚いている。
「.........赤髪の、シャンクス、」
「お?知ってんか」
「やーね、知らない人の方が少ないわよ」
「気付かねェ間に有名になったもんだなァ」
ニカッと笑い掛けたが反応はない。フツーだったら笑い返すとこなんだが。
「で、どうするお嬢さん」
「え?」
「ワケありなんだろう?姉さんも手を貸すくれェだ。よっぽどの事情とみた」
「.........そういうわけ、では、」
ついさっきまで「船を奪う」って言ってのにいざ「船に乗せる」って言ったら尻込みかァ。
悪いがおれはもう決めちまった。おれが手を貸す、どんなことであっても彼女の結末を見届ける。そして...生きて、帰す。死なせねェ。
「分かったぞ姉さん!決めた!おれ、この子攫ってくわ」
差し伸べられた手を取らないっていうんならおれが勝手に握る。おれァ海賊だからな。それくらいする。
まだ名前も知らない、素姓も知らない、何を求めて海へと出ようとしてるかも知らない。仲間たちが何を言うかも分からねェし、ベン辺りがキレるかもしれねェけど、おれは決めたんだ。誰が何と言おうとも彼女に手を貸す、と。
声に、その目に、おれもまた命でも賭けてみようかと。
「あらあら。でも海賊だから仕方ないわね。丁重に...ってアナタなら言うまでもないわね」
「.........え、え?」
「そうとなれば善は急げだな!」
細っこい手首を掴んで椅子から立ち上がらせれば本当に小さなお嬢さんだと知る。
握ってるから伝わる、カタカタ震える手。そんな手で本当に船を奪う気でいたんなら大した度胸だ。きっとすぐにあの世行きだったな。
未だお嬢さんから返事はもらえていないが、姉さんを見たら小さく頷いたから了承を得たことにして連れ出した。
BACK
[ 戻る / 付箋 ]