「あら......盗み聞きは良くないわね」
テーブル席からドカッとカウンターに移動して来た...レイさんの知り合いの海賊さん。
しれっと話を聞いてたらしく、その上、説教を始めた。私に説教をしてるわけだけど...顔は、申し訳ないけど見るのが怖い。
「たった一人で航海出来るヤツは知識と経験、運、腕っぷしがある。それが出来ねェから仲間がいるんだ」
「.........」
「見たところお嬢さんは色々欠けてる。そんなんじゃ目的地に達するどころか出てすぐ死ぬぞ。若い身空で死ぬのは嫌だろう?」
死ぬのは、嫌?
「.........死に抵抗はありません。ただ、死ねない理由があるだけで」
「それは"死ぬのが嫌"ってことじゃねェか?」
「そう...聞こえるのならばそうでしょう。この気持ちは...誰にも理解出来ない」
死ぬのは、自然なこと。だけど私たちは...瞬間的に殺されてく人々を見て来た。それはもう、嫌なくらい。
死ぬことに対抗はない。それが寿命というものならば仕方のないこと。でも欠けるのは嫌だった。だから...生きたし生かされた。
今も、寿命ならば死んでも構わない。抵抗しない。だけど、出来ることなら...会いたい人が、いる。だから...生きる。
「.........すみません」
こんな矛盾した感情を、誰が理解出来るだろうか。
「わざわざ...助言して頂いたのに...」
私は私を曲げない。船を奪って海へ出る。そこで死んでも構わない。もう、決めた。
最後のコーヒーを口にしてポケットからお金を出して立ち上がればシャクヤクさんもまた頷いた。手を、貸してくれようとしているらしい。出来れば手を煩わしたくはないけど彼女は情報を持ってる。結局、そこに頼ってしまうことに「ごめんなさい」と呟けば「いいのよ」と返って来た。
「じゃあ悪いけど...お留守番してくれる?」
「.........」
「ちょ、シャンクス?」
その名が、耳に残った。
私の前には揺れるマント。見上げれば赤髪が、揺れてる。
「なァお嬢さん、おれたちの船に乗るか?」
「.........赤髪の、シャンクス、」
昔、手配書を見たことがある。
この人......四皇の一人で"赤髪のシャンクス"だ。あの時の手配書と同じ、顔。
「お?知ってんか」
「やーね、知らない人の方が少ないわよ」
「気付かねェ間に有名になったもんだなァ」
そう、知らない方がおかしい。有名なんてものじゃない。
隻腕、覇王色の覇気の使い手。当然、億越えの賞金首の四皇で何隻もの軍艦を蹴散らしている。九蛇でも警戒している海賊団がこんな海軍本拠地に近い場所に居るなんて......ただ、ただ驚く。それほどの自信があるのだとも言える、けど。
「で、どうするお嬢さん」
「え?」
「ワケありなんだろう?姉さんも手を貸すくれェだ。よっぽどの事情とみた」
「.........そういうわけ、では、」
単なる個人的な事情だ。個人的な感情で、動いてるだけ。
助けてもらえるなら助けて欲しい、だけどこんなことで動いてもらうのは...と、俯いていればシャクヤクさんがポンッと肩を叩いた。その目は「頼むといいわ」と言っているようで、でも、うまく頷けない。本当に...余程の理由なんて、ないから。
「分かったぞ姉さん!決めた!おれ、この子攫ってくわ」
「あらあら。でも海賊だから仕方ないわね。丁重に...ってアナタなら言うまでもないわね」
「.........え、え?」
「そうとなれば善は急げだな!」
慌ただしくかつ強引に掴まれた手。ニカッと笑った彼の目は優しかった。とても、優しい目をしていた。
触れられたその瞬間は喚き叫んでその手を振り払いたいくらい怖かったのに...目を見た時、笑った顔を見た時、それは消えた。不思議な、人。
私は、そのまま強引に連れ出されてシャクヤクさんが見送る中、彼の船に乗り込んだ。
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