#03
セトは、根本的に他人と距離を置いていることがある。
話は聞くが自分から何かを話したりはしない。質問に答えても自分から他人に対して質問をすることは極端に少ない。
頼み事も...相手のに対しては聞くことはあっても、自分のことは頼むことはほぼない。全て自分で考えて行動し、解決していく。
おれらが頼りないのか?いや、そうじゃないってことは分かってる。ただ、自分から他人に頼ろうとすることが出来ないようにも見えた。
セトは...頼りになるヤツだ。優しいヤツだ。人が甘えるのは分かってる。
だけど、そんなセトは自分にしか頼らず自分にも甘えようとしない。ただ冷静に、淡々と...生きているように見えた。
そんなセトを見ていると、辛い。辛いけど...そんなところも好きで、だからこそ、辛い。
もう、何度目だろうか。想いをぶつけるのは。
掃除場所としては定番の倉庫でセトを見つけたから走った。走って、走って捕らえた。
何となく予想が出来たのかセトはいつもの困り顔で、だけど邪険には扱わなかった。だから、おれは懲りもせず彼女に告げた。
「.........飽きないか?」
「飽きねェ。納得する答えをもらえるまでは言い続けるぞ」
何度好きだと言ったところで...響かない。何度も言い続けるとその言葉すら嘘みてェに聞こえたとしても、おれは言い続けるしか出来ねェ。
「おれはセトが好きだ」
「.........そうか」
「恋愛感情でだ。家族愛とは違うぞ」
「.........らしいな」
「らしいじゃねェ。マジでだ。セトはおれが好きなのか?嫌いなのか?」
恋愛感情で、男女として、と言えば返事はない。
これが家族としてだったら返事はきっとあるんだと思う。月並みに...家族としては好きだと返って来るだろう。だけど、それは敢えて聞かない。
「おれはイイ男だぞ」
「.........ああ」
「ついでにモテるんだぞ」
「.........ああ、知ってる」
「不服か?何が不服なんだ?」
「.........」
何が良くて何が悪いのか。それすらも答えてはくれない。
「男として、見れないなら言ってくれてもいいだろ?」
"弟"だと言われたとしても諦める気はねェが、それならそう答えてくれたっていいのにセトは答えない。
シンやエアのような子供に見えるって言われたって...それはそれで構わない。それが答えならば...おれは次のことを考えることが出来る。
どうやったら一人前になれるか、どうやったらセトが揺らぐだけの男になれるか、そんなことを考えながら生きていく。生きて、いつかは...
真っ直ぐ見つめた先のセトの唇が、少しだけ開いて小さく言葉を紡いだ。
「.........そんなんじゃ、ないんだ」
あまりにも小さな声で消え入りそうで、だけど聞き逃さなかった。
「どういうことだよ」
「.........いや、いい」
首を横に振り、モップを動かしていく。
その横顔からはもう言葉を交わしたくないというオーラが見えていた。見えていたけど、もう、
「もういい加減はぐらかすなよ!」
ビクッとセトの肩が震えた。滅多に見ることはない怯む姿。逸らされた目がゆっくりと伏せられてく。
「お前はもう分かってるはずだ。おれが本気でお前が好きで、好きで好きでたまらないほど好きで。それが仲間とかそんなんじゃねェってことくらい分かってるはずだ。それの返事が無くてはぐらかして...そんなんじゃおれは納得出来ないってことも全部分かってるはずだ。そうだろ?」
そして、溜め息を一つ。
この瞬間、セトは何を考え、どう動くつもりなのかおれには分からない。だが、次に目が開けられた時にはいつか見た強い眼差しに変わった。
「お前、本当に真っ直ぐなヤツだな」
ようやくまたおれを見た。
口角が少しだけ上がって笑っているように感じたが目は強さを秘めたまま。
「エースの言う通り、俺は全てを察してる。気付いてないとは言わない」
「あァ」
決して馬鹿でも疎いわけでもない。そんなことは誰だって分かってる。
「.........エースは、奴隷がどんなものか、聞いたことあるか?」
「は?」
「俺は元奴隷だ。それがお前の気持ちに応えられない理由だ...って言ったら納得してくれるか?」
奴隷だったから、んなことでこれからある先の何が縛れんだよ。
奴隷だったからって誰よりも下だなんてウチの誰が思う?感情なんざいらねェとか誰が思う?横にいちゃいけねェとか傍にいちゃいけねェとか対等であるなとか、誰が思うっていうんだ。んなことでこのおれが納得なんざ、
「しねェ」
「.........だと思った」
フッと笑ったセトがまた一つ覚悟を決めたように見えた。
「じゃあきちんと話さねェとダメだよな。俺のためにも、お前の...ためにも、」
モップを壁に掛け、真っ直ぐに対面したセトはあの時のように強い目をしていたけどその奥に悲しみを秘めているように見えた。
あの日の話はこれまで生きて、生き続けてきたセトの物語。まだその奥底に残された闇があったなんて...その時のおれには想像出来なかったんだ。
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