それ、私ですけど
さて、どうしたもんかと上空数十メートル地で溜め息を吐いた。
俺の目的は顔も知らない、名前も知らない、何もかも謎な「白兵」と呼ばれる元王国護衛隊長の勧誘であって人助けではない。
はるばる遠方まで飛んで来たのはいいが...島に辿り着くなり、誰とも知らぬ連中が対峙中。たった一人の相手を複数人の男がぐるりと囲み、剣を構える現場に出くわした。結構な殺気が渦巻いてる。
「観念しろエリス!」
「お断りします!」
囲まれてるのは女。何とも言えない光景に俺はただただ上方で呆れる。
綺麗な顔した女相手に重装備の団体さんが本気でやらかすつもりでいるらしい。おそらくコレらが王国護衛隊なんだろうが...この中に「白兵」が居たなら勧誘はせずに潰して帰ってやろうか、っていう気になる。どんなに強くても、こういうんじゃ人としてどうよってヤツだ。
俺の目的は勧誘であって人助けではないが...こうなれば話は別。とりあえず彼女を安全な場所まで連れてって逃すついでに「白兵」のことについて話を聞いてみるか。と、今にも戦いが勃発しそうな中、女の前にスッと降りてみれば当然注目された。あまり気分はよくねえけど向こうさんは驚いて一歩下がって...ちょっと距離が空いてくれたのには助かった。
「だ、誰ですか!?」
「通りすがりの人間で名はセト。状況は分かんねえけど大変そうだから加勢しようかと思って」
驚いたのは向こうさんだけでなく彼女も驚いたに決まっていたが、意外と肝が据わってるらしくアイツらみたく下がったりはしなかった。
「加勢、ですか?」
「そう。ついでにアンタに話も聞きた――...」
「何だ貴様!そいつは国の犯罪者だ!邪魔するなら、」
いかにも重いです、と言わんばかりの剣をこちらに向ける団体さん。何処か腰が引けてるところを見るとソレの扱いに慣れていないようにも見える。脅しの道具にするには...大変なものを握らされてる。
「ならどうするんだ?俺も忙しいんでね遊んでる暇はないが」
「なっ、」
軽く振り返った先、やっぱり綺麗な顔した女が立ってる。
「聞きたい事もあるんだ。勝手に加勢するが構わないか?えっと......エリス?」
「.........でも、」
国の犯罪者、ね...そんな風には見えない。
「俺は海賊で能力者だ。そんなにヤワじゃない」
「......では、援護をお願いします」
彼女はようやく頷いた。それと同時に取り出したのはデカい得物。
戦える人材だったのか。大剣の類ではなく槍とも斧とも取れるような...と、モノに驚いている間に向こうさんは奇声を挙げながらこちらへと向かって来ている。静かに突進して来ればいいものの...とまた呆れるところだが今はそうも言ってられない。
互いに背を向け合って陣形を組む。相手は複数で取り囲んでるとなるとコレが俺たちにとって一番。
180度の視界の中、とりあえず目の前に来たものを潰せばいい、というのは...彼女の方も何も言わずとも分かるらしい。
「出来れば...払い除ける程度にお願いします」
なら話は早い。
「じゃあさ、俺の傍を離れないでくれ」
「え?」
「少しでも離れると多分、アンタも飛ばされちまうから」
一歩、足を引けばそこには確かな温もりを感じた。この距離ならば問題ない。
ユルユルと周囲の風を集めれば近くの土も攫い始め、徐々に迫り来る連中の目にも見えるくらいの砂埃が起ち込めて来る。俺の領域まであと一歩、踏み込んでくれれば彼女の望み通り"払い除ける程度"のことが出来る。
「絶対に離れるな」
「.........分かりました」
「入った......"風塵煙"!!」
集めた風が気配を感知したから逆流させて弾かせた。突拍子なく追い風を喰らえばどんなに重装備していたところで返ってそれが仇になる。その重さに傾けばそのまま転倒、天然の風でないからそれをブッ飛ばすだけの威力を俺が与えればそのまま引き摺られて出発地点へと戻る。
「うわあ!」
「な、何だァ!?」
「エリスの優しさに感謝するんだな。じゃあ行こうか」
初対面の女にこんなことしていいのかは分からなかったが勝手に腰に手を回させてもらった。
「え、え?」
「俺に捕まって」
「は、はい、」
デカい得物を手にしたまま、彼女は言われた通りに俺の首に腕を回した。
それなりに腕は筋肉質な感じ、でも細い腰に何となく困った感覚を抱きながらもそのまま場所を変えるために飛んだ。
「"風使い"さん...」
「そうだ。で、何処か静かに話せる場所はあるか?」
「.........この国で私を連れて静かに話せる場所なんて、ないです」
耳元、静かに響く声は切なかった。
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