冷静に考えて
二隻の船は慌ただしくも離れた。再会は驚くくらい一瞬。
彼女は無事で、元気そうで、まだ少しの闇を抱えてて...最後に少しだけ笑った。
それはあの日のことを思い出させる笑顔だった。傷だらけになって、ボロボロで今にも死んでしまいそうになった彼女が見せた、手を握るだけしか出来なかった私に見せた、笑顔。
「.........セト?」
あの日の私は何も知らずにただ祈った。今の私も...それしか出来ない。
いつも、あの時も、私は何の役にも立たずにいる。優しい彼女に救われてばかりで何も出来ない。
「あの子は大丈夫だ。心配いらない」
「.........シャンクス、さん」
「そんな顔してたら逆に心配掛けることになるぞ」
もう、心配は掛けたくない。
「それに、向こうには頼もしい"家族"がいる。彼らに任せりゃ何とかなる」
離れゆく向こうの船に彼女は居る。
そう、彼女が見つけた"仲間"。彼女を守ってくれる"仲間"。出来れば...一人一人にお願いしたかった。セトがシャンクスさんに言ったように私も、彼女をお願いしますと言いたかった。
私の、大事な人...
「あーあー泣くな泣くな。おれが殺されちまってもいいのかァ?」
二度と会えないわけじゃないのにお別れが悲しい。
でも...私も一緒に居たい、なんて言えなかった。思えなかった。だって、彼女の居場所は彼女の居場所...私の居場所だとは思えなかった。だけど、彼女はあの場所を居場所としたのなら...そういう事。
「"白ひげのセト"、おっかねェからすーぐ首取りに来ちまうぞ」
きっと、幸せになって、と願うしか無い。
「つーか、随分とカッコいいヤツだったじゃねェか」
「.........また鍛えてました」
「あー...筋トレってやつか」
前よりも大人になって逞しくなって...
でも今思い出せばそんなセトを庇っていた男の子がいた。あれは確か...火拳のエース、だった。敵を目の前に守ろうとするセトのような男の子。もしかしたら...あの子が彼女を守ってくれるだろうか。
「.........それにしても悔しいなァ」
「え?」
「おれじゃ勝てねェか?」
「.........誰にですか?」
「"白ひげのセト"」
.........質問の意味が分からない。
セトとシャンクスさんが本気で戦闘すれば...セトが負けるに決まってる。相手は四皇、赤髪のシャンクス。九蛇でも高い戦闘力だったけどハンコックより強かったかどうかも分からない。武々に参加もしなかったし...と考えてるとベックマンさんが口を開いた。
「若さでもスタイリッシュさでもお頭の負けだ」
「なっ、おれだってそこそこイイ男だぞ!」
「向こうは礼節も弁えている。勝てる要素は...身長と強さしかない」
あ、そうだった。副船長はセトと少しだけ会話をしてるんだった。あの時...
「あ...あの!」
「?」
「セトがその、随分威嚇して...すみませんでした...」
「謝る事じゃない。当然の事だ。逆によく乗り込んで来たなと感心した」
基本的に物怖じするタイプでは無いのです。
「それで」
「は、はい」
「いいのか?お頭はこのままお嬢さんを攫う気なんだが」
.........あ、そうでした。
「いいも悪いも攫う!船長命令だ!」
「アンタの意思は聞いてない。お嬢さんの意思を確認している」
私の、意思...
周囲を見渡して、いいか悪いかを誰かが言わないだろうかと思ったけど、誰も何も言わずに見ているだけ。私は...基本的に此処でも役に立たないだろうと思う。九蛇では参謀としてやって来たけど、此処には私よりも立派な副船長が居る。比べる事自体がおこがましい。
「私は...この船でお役に立つ事はありません」
「雑用はいくらでもある」
「戦闘も...得意ではありません」
「期待してない」
だったら...降りろと言ってくれた方が楽なのに。
「この船における役割を考えるな。おれたちの顔色も窺うな。勿論、お頭の意思も無視しろ。
要は...お嬢さんがこの船に残りたいか降りたいかを聞いている。意思はそれだけでいい」
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