「私は...何も知らずに、いた」
「お嬢さん...」
「死に掛けたあの日、私の所為だった、」
彼女が何をして怒りを買ったのかなんて考えたことがなかった。
天竜人はいつでも気まぐれに人の生死に関わり、物のように奴隷を扱うものだったから理由なんてないと思っていた。
「.........いや、それはお嬢さんの所為じゃねェな」
「あの時、私は何も知らずに、置いてかないでって、」
「お嬢さん」
「私の所為なのに、私の為に、」
だから、私をかばってたなんて思いもしなかった。
「待て待て。なァ、話を聞いてくれ」
「.........っ」
「確かに、そいつは悪魔の実を食べた。きっかけはお嬢さんかもしれない」
俯いた私を前に彼は膝を付いて目線を合わせていた。
困った表情で、手を伸ばして...伝う涙を拭ってくれた。その行動は、昔セトが私にしてくれたのと同じ。彼女はいつだって、優しかった。
「けど、お嬢さんの所為で死に掛けたわけじゃない。そうなることくらい気付かねェはずがない」
その子はその子なりに理由があったんだ、と彼は言った。
確かに、意に背けば起こりうることだと気付かないほど彼女は馬鹿ではない。いくら子供でも...あの惨劇を目の当たりにして気付かないわけがない。
けど...どうして?どうしてそんなことをしたの?死んでたかもしれないのに...
色んな事が巡る。あの日の彼女が巡る。
血だらけの顔で言葉も絶え絶えに「大丈夫」だと言い聞かせた彼女が今も離れない。
「昔...昔な」
「.........え?」
「ある大海賊がおれに話してくれたことがあるんだ」
大海賊?
「でっかい規模の戦闘の時な、その人、必ず立ち止まって敵を見据える人だった。
見据えて、睨んで...その間にその仲間たちはその人の横をすり抜けて...... だからおれはそんなことしないで欲しいって言ったんだ。そしたら、
"おれは仲間を生かす為に立ち止まってるわけじゃない、後ろに仲間がいるから逃げないんじゃない。
自分がそうしたくて立ち止まったら...その後ろに大事な人がいた。たまたまな"って笑ったんだ」
.........たまたま。
そんなの、たまたまだって言えるものなの?
「人の為なんざ"偽り"だって。全部自分の為にしてたら"たまたま"人の為になってたって。
.........お嬢さんの話を聞いて、昔のことを思い出したよ。"風花のセト"も、そういう人間なんだろう」
自分のためにしたことが、たまたま私を救ってくれた?
彼は私の目を真っ直ぐ見て、穏やかな表情で強く...言葉を発した。
「おれァあの人からそう言われた時、後付けの屁理屈だと言った。けど...今なら分かる。
自分の意思で仲間を守るのって...その本人からすれば誰かの為でも所為でもないってこと」
「.........」
「けどなァ...あの人が居なくなっておれはやっぱそうはして欲しくなかったって思うんだ」
彼は一度天を仰いで少し寂しそうな、切なそうな顔をして言葉を続けた。
「一緒に逃げて欲しかったし、一緒に負けても良かった。捕まっても良かった。それで一緒に泣いても良かった」
本人の意思とは関係なく、仲間からすればそれは自己犠牲にも見えるから?
少なくとも私はそう聞こえた。そして、全てを知ったあの日からずっと、似た感情を抱いている気がした。
あの出来事が起きた日...彼女となら一緒に死ねた。でも生きていたから...今がある。
「お嬢さんも...そんなカンジだろ?」
そう、私はもっと早くに事実が知りたかった。どうしようもない、取り返しのつかない事実であったとしても。
謝るだけしか出来ないだろうけど、それでも何も知らずに無責任に「死なないで」なんて言葉はきっと言わなかった。
「話して欲しかった。話してくれたら...泣くことも怒ることも出来て、感情を共有出来たのに、」
「.........そうだな。けど言いたくなかった。知られたくなかったんだよなァ」
「.........」
「それくらいお嬢さんが大事で大切な人だったんだ。それは間違いないさ」
助けてもらってばかり。大切にしてもらってばかり。
私だって負けないくらい助けてあげたかったし大切にしたかった人。
「まァ、真意は分かるさ。大丈夫、おれらが導こう」
「.........有難う、ございます」
この人も、そんな彼女と同じ匂いがする。彼女とよく似た...優しい人なんだ。
真っ直ぐ見つめた先の彼の顔は全く似ていないのに彼女と同じ目をしていて、胸の奥が熱くなっていく。
「お、オイ!泣くのか?泣くな!別におれは!」
私は、なんて幸せな人間なんだろう。
優しい人が傍に居て何度も何度も助けられて、私の中のドロドロを溶かして温かくしてくれるんだろう。何も出来ない私を、大切にしてくれる。私は、どれだけ恵まれた人間なんだろう。私だって、同じ気持ちを返していきたいんだ。いつだって、ずっと。
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