理由を、本当は言いたくないけど
「あの、すみません、でした」
「まァ...アレだ。気にすんな。ウチのも気安く触っちまったから」
私は悲鳴を上げた挙句倒れたらしい。
気絶した私を運んでくれたシャンクスさんが苦笑しながら教えてくれた。ビックリした、と。
これでも、ある程度の距離まで近づくことには慣れていたつもりだった。
誰もがそうではないと分かってて、皆が皆、あんなのではないと分かってはいても体が拒絶し心が崩壊しそうになる。触れられるのは、今も恐怖。でも、たったあれだけの事で倒れるなんて、思いもしなかった。
「今後は気安く触らせねェように指示を出した。心配いらねェぞ」
「.........すみません」
忘れることが出来ない。消すことが出来ない。擦り替えることも出来ない。膨大な、闇。
「けどなァ...それなりにワケを教えてくれねェか?」
.........あんな風に拒絶した理由を?
拒絶しながらもこの船に乗り込んだ理由を?どっちにしても...話は同じ。結局は、全てに繋がる。
「分かった!これはおれとお前の内緒話だ。誰にも言ったりしねェ、な?」
自我を取り戻した時、私は彼の腕の中に居た。
いつ移動させられたのか船長室で二人っきり。彼は優しく頭を撫でてくれていた。
あれだけ嫌い、あれだけ拒絶反応が出たのに...異性である彼の腕の中に収まっていた。懐かしい感覚、セトを思わせた。
全く似ても居ない二人、共通したものだって何もないのに私の体は何故か彼を拒絶しなかった。それが何を意味するか分からない...でも信じられるような気がした。まだ知り合って間もない彼を。
「.........話します。けど、」
「あァ、誰にも言わねェ」
体を離してニカッと笑う彼を見て私は決意した。彼の目が、何処かセトに似てたから。
.........私は、私たち二人は奴隷、でした。
泣くことも逆らうことも出来ない奴隷でした。10年前のマリージョア襲撃事件まで、世界貴族の奴隷でした。ロクに食事も与えられず、気まぐれで鞭打たれるだけの奴隷。色んな余興で弄ばれ、色んな事をさせられて生きることさえ拒みたくなるような奴隷でした。
それでも...私たちは生きました。死んだように生きました。お互いに、手を取り合って生きました。
どうしてだろう、二人揃うとお互いがお互いに生きていこうと思えました。私にとってあの人は生きるために必要な存在でした。希望のようなものでした。とても大事な人、でした。傍にあの人が居ないと息も出来ず私は死んでたと思うくらい、大事な人でした。
奴隷になって苦しみながら生きていたある日、あの人は天竜人の怒りを買って生死を彷徨ったことがありました。
殴打された痕、何かで刻まれた傷、変色した体と流れる血の紅が私の目に飛び込んで来て...私は初めて狂ったように泣きました。泣いて、泣いて、私はあの人の手を握って祈るしか出来ませんでした。そんな私にあの人は、小さく笑って、「大丈夫。置いていかない」と言ってくれました。
その言葉は、初めて会った日に交わした約束。
私にとっての大事な人、置いてかれたくないから交わした約束。
その言葉通り、あの人は生きて...私たちはあの解放の日を迎え、共に逃げました。縁あって、アマゾン・リリーへと逃げ延びました。
「女ヶ島!?あそこには男は立ち入れねェんじゃ...」
「はい。男人禁制です」
「"風花のセト"は、」
「え?セト、ですか?」
セトもあの日、私と共にアマゾン・リリーへと逃げ延びた。
「女、だったのか」
「そう、ですけど、」
言いませんでしたか?と言えば、何か適当に交わされてしまった。
「.........そうだったのかァ。あー余計な心配しちまったなァ」
「余計な、心配?」
「あー...まァいい、話を続けてくれ」
私はアマゾン・リリーで強く生きていくと決めました。だけど、彼女はそうじゃなかった。
その地で2年ほど修行して...島を出て行きました。やらなければならないことがあると言って、小さく笑って出て行きました。私は、彼女がそうしたいのであればと笑って見送ったつもりでした。でも泣いてしまって、最後まで彼女に気を遣わせてしまった。
そしてある日、最近ですけど...私は...知りました。彼女が天竜人の怒りを買った理由。
あの日、私は屋敷掃除で彼女は天竜人の給仕仕事をしてました。その時、たまたま届いたオークションの落札品...悪魔の実。コレクトするわけでなく"食べた人間がどうなるのかを見たいだけ"の天竜人は"その時にたまたま居合わせた給仕に余興で食べさせた"...と私は聞いてました。それを拒否した彼女は食べさせられた挙句に折檻されたと聞いていました。
けど、本当は、極限まで怯え、ひたすら苦痛に歪む少女の顔が見たいから、私を含む数人の少女を指名していたそうです。
"私を含む"...彼女はそれを阻止するために食べたんだと、ある人が教えてくれました。私の身代わりに悪魔の実を食べた、それが原因で折檻された、でも...彼女は何も言わずに笑って約束を守った。何も言わずに去って行った。
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