哀しそうに見えますか
私がこの船に乗り込んで、一週間が経とうとしていた。
シャクヤクさんの言う通り、彼らは私をぞんざいに扱うような人たちではなかった。
仲間でも知り合いでもなく全くの他人だというのに皆、温かくて優しい人たちばかり。それでも...拭い切れない恐怖もあって落ち着かない気持ちでいた。とても...気を遣わせているのに、それに気付かないわけがないのに俯くことを止められなかった。
「どうだお嬢さん、方向は見えたか?」
その中でも一番、船長さんであるシャンクスさんには気を遣わせてしまっていた。
私を連れて帰った時もそう。一番最初に言った言葉は「姫を攫った。部屋を準備しろ」だ。
まだ何も話していないから目をパチパチさせてるクルーの皆さんにそう言うしかなかったのかもしれないけど...それより前に私を問い詰めるべきだったんじゃないかと思った。そうじゃなくても他の人がそうしてもおかしくはなかったのに誰一人として乗った理由を聞かなかった。「お頭はロリコンだったんだなァ」とか「姫攫って軍だけじゃなく国にまで追われちまうぞ」とか言って笑っただけ。
「.........それが、どうも地味に移動してるみたいなんです」
その後も同じ。部屋はきちんと準備されて...何故か宴会となったけどクルーの皆さんに聞かれたのは名前だけ。素姓も事情も聞かれることなく私は出された食事を頂いただけ。何か聞かれたら答えなきゃいけない、と構えた私の予想に反して彼らはただただ笑って時間を過ごすだけだった。
「まァ人だから動くだろう。もしかしたら船にでも乗ったんじゃねェか?」
にやり、笑うシャンクスさんが「例えば海賊船とかな」と言葉を続けた。
"レイリーさんとシャクヤクさんの知り合いで何かを探すために何処ぞの船を奪おうと考えていた無謀なお嬢さん"
それだけの情報で私を簡単に船に置いてしまっている彼は...本当に不思議な人だ。そして、それに異論もなく受け入れてしまっている皆さんも...
「そう、ですけど、でもあの人は......そんなものに乗らなくていいんです」
翌朝、大して睡眠をとっていないだろうシャンクスさんが元気に部屋を訪れた時に私はまた構えた。
今度こそ色々と聞かれるんだろうと構えたのに...彼は笑って「お嬢さんの宝物をどうやって探そうか」としか言わなかった。あまりにもザックリな言葉に「宝物...物じゃないんです、人なんです」と言えば「人だったのかァ。で、どうやって捜す?」と更にザックリな言葉を返されて戸惑った。
私が何者で何故その人物を捜してどうしたいのかは聞かないの?と口から零れそうになったけど...言えなかった。ただ、"風花"と"水晶"と"カード"でずっとその人を捜していたと言えば興味が湧いたらしく「よし、それ全部やろう!」と言われ...今に至る。
広い甲板の上、色んな人が見てる中でこんなことをするのは久しぶりだった。
昨日までは自分の部屋で淡々と行っていたけど、たまには外でやった方がいいと彼が言い出したから...仕方なかった。
花を舞わせば「おお、」と言われ、水晶を眺めれば「顔が逆さに見えるなァ」と言われ、カードを並べれば「最近ギャンブルもしてねェなァ」と言われた。その度に副船長さんから「静かに占わせてやれ」とダメ出しされていたんだけど。
「ん?船持ちなのか?」
「いえ...」
占いを始めてようやく、私が人捜しで船に乗ったことを皆さんは知ったんだと思う。けど変化はない。
この船は四皇"赤髪のシャンクス"の船なのに...そんな下らないことで乗って来るな、と言われる覚悟はあったけどソレもなくてビックリしてる。
「あの人は"風使い"なんです。だから、移動は、」
「能力者か。それなら尚更、仲間に引き入れたくなるなァ」
不思議な団体さん。それでも...海賊。
「あの人......誰かに頼るのは苦手でした。それに、」
私は、私たちは、海賊が嫌い。私は、男性が怖い。
あの日の始まりは下衆びた海賊の所為、恐怖の塊はあの気持ち悪い天竜人、それは月日が経っても消えない。どんなに時間が流れても消えることはなく、今もその影がチラチラと私の前に見える。例えば...シャンクスさんの後ろにも、見える。
「そう哀しそうな顔すんなって。とりあえずアレだ。そいつの名前教えろよ。こっちでも調べてみるからさ」
なァ、と呼び掛ければ副船長さんも頷いた。精一杯、元気づけようとしてくれてるのは分かる。分かるけど、
「.........私、哀しそうに見えますか?」
「んー見えない方が腐ってるぞ目ん玉」
自分が思っていたよりも事態は深刻だ。
強く、強く拳を握らないと自分が保てないほど怖いんだから。どれほど気を遣わせようとも...
「.........そう、ですか。ごめんなさい」
「違う違う!謝らせたいわけじゃねェんだ!」
オロオロと身を屈めて慰めようとするシャンクスさん。それを見た皆さんが吹き出して笑う。
「おれの言い方が悪かった!うん!で?そいつの名前を教えてくれねェか?」
「............セトです」
口にした名は...私の名。
「いやいや、お嬢さんの名前じゃなくて」
「ですから......"セト"です」
同じ名前なんです、と言えばシャンクスさんは驚いた顔をした。
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