番外編
「はァ?エースが見当たらねェ?」
「セトちゃんもいないって子供たちも騒いでるわ」
と、ナースたちが随分と慌てた様子で駆け寄って来た。
上陸したわけでもない海上から人が消えるはずはねェが...大方、エースがセトの尻を追い回してることで行方が分からなくなったんだろう。
「.........ったく、」
セトはともかく、何やってんだかあの馬鹿エース。
大体、今日は不寝番の日じゃねェか......ってことは、尻を追い回してるんじゃなくて仮眠でも取ってるってことか?
「部屋は確認したかい?」
「え?見てないわ。エース隊長、普段部屋にいないじゃない」
「はァ...ならおれが行ってみるよい」
エースの夢見次第では大怪我しかねないかもしれねェし。
あいつ過去にこの船でボヤ騒ぎを起こしたことがあって基本的に誰も寝てる時には近づかないようになってんだ。起こしに行く時は決まって能力者、つまりは現状ではおれしかいねェ。
まるで雑用係になった気分で何とも言えないとこだが仕方なくエースの部屋へと向かった。
「.........!?」
が、これは、見てはいけない状況じゃ、ねェかい?
此処はエースの部屋だ。間違いない。アイツが寝てる間にうっかり能力使うもんで床から壁から鉄仕様にしてあんだ。他にそんな部屋は存在しねェから...間違いない。けどそんな部屋に、しかも裸のエースの横で寝てんのは...セト、だ。セトが裸かどうかは巻き付いたエースとシーツの所為で全く分からねェが、これは...事後、としか、言い様がねェ状況、だよ、な。
.........あァ、床に服が散乱してる、ねい。
根負けしたか。ついにこんな日が来ちまったか。
馬鹿まっしぐらのエースは馬鹿正直な分ストレートで裏がない。だから放つ言葉には嘘はねェし、逆に嘘を吐けばすぐに分かるくらいの正直さ。だから、馬鹿じゃねェセトも気付いてたはずだ。ヤツの本気、だから逃げてた。そうだよなァ。
独特な匂いの残る部屋を出ておれは溜め息を吐いた。
エースはともかくセトもおれが部屋に入ったことに気付かねェくらい疲れてんなら寝かせておいた方がいい。つーか、あの状況下で叩き起こせるヤツなんざこの船には居ないだろう。何だあの幸せそうな寝顔、けど、馬鹿な弟と可愛い妹がそれでいいんなら...それでいい。
「けど、それなりの覚悟をしてもらわねェとなァ」
大事なオヤジの娘、大事なおれらの妹。
それを貰い受けるっていうんならばそれなりに、あくまでもそれなりに誠意を見せてもらわねェと、な。
「.........うわっ、何の騒ぎだコレ」
「おはようさん、エースくん」
「キモッ、何だよコレ...」
ようこそ。お待ちしていました、とは言わない。まァ、待ち構えていたのは事実だけどねい。
「まず祝福すべきか地獄に落とすべきか悩むなァ」
「はァ?」
「おれらの大事な"妹"に手ェ出したらしいじゃねェか。不寝番さぼって」
「なっ、なんで、」
それはおれがお前の部屋にまで捜索に行ったから、だなんてことは敢えて言わねェよい。
というより重要なのはそこじゃねェ。おれらがきっちりカタを付けておきたい点はたた一つ。不寝番さぼったことより重要なこと。
「エース」
オヤジの愛する"娘"であり、おれらの大事な"妹"を......最後の最期の時まで守れるか、ということ。
「覚悟は出来てるんだろうねい」
と、ここは脅し。
おれらを見て怯むような輩に大事な"妹"はやれねェ。それが例え、大事な"弟"だったとしてもだ。
「歯だけじゃ済まねェ、骨までイカせてもらうぜ。な、マルコ」
「えーおれは目ん玉潰すつもりだったよ」
よくもまァ適当なこと抜かすよい。
おれらとエース、全力で何かあれば自分の身はおろか、この船だって保ちゃしねェってのに。
武器を構え、覇気を携えて...本気でヤろうとしているところを見ると何だかんだで可愛いんだ。セトも......そしてエースも。
「だとしても、」
ドンッと走る戦慄...エースの覇気。その両手には炎が纏う。
「おれは譲らねェ。誰が何と言おうとも」
.........そう、それでいい。それなら、任せられる。
辛くも悲しい過去を持つ二人が、この船の誰よりも幸せになることがおれたちにとってどれだけ幸せなことか。
目の奥に秘めた色が悲しい色でなくなるなら、こんなに嬉しいことはないと誰もが思ってる。ただ、それだけのこと......
と、その時だ。ガタッと音を立ててエースの後ろにあった扉が開いて誰かが甲板に出て来た。
誰もが注目する。この覇気の中、平然と扉を開けて来るヤツは...この船の中、そういないと分かっていたから。
「あ、サッチ。そこにマルコ、い、る、」
.........セトだ。ある程度は予想していたが、抜群のタイミングじゃねェかい。
が、普通に出て来て早々にクルリと背を向けて船内に戻ろうとしたのを思わずおれが止めた。まァ...無意識だが。
「おいおい、来た早々逃げるヤツがあるか」
「賞金首のオッサン多すぎ。普通に逃げるわ、死ぬから」
「だから、誰もお前のタマ取ったりしないよい!」
いつもと変わらないセトが此処に居る。何も変わった様子はない。それでも、何処か柔らかな表情。
「で、何の用だい」
「航海士が呼んでる。で、こっちは何事だ?」
武器を構えたヤツと炎を纏ったヤツ、衝突する覇気...まァタダゴトではないねい。
だが、それもこれも全てはお前らがそうなっちまったことを祝すものであって...何も悪いことはない。
「こっちは......まァいつもの説教だ」
「なんだ。またやらかしたのかエースのヤツ」
「んなとこだ。航海士には後から行くと伝えてくれ」
「了解」
捕まえた腕を離せばひらひらっと手を振って伝言を預ったセトは船内に戻ろうとした。
けど、ふと思った。祝いってのは片側だけで行うもんじゃねェ。二人揃って...祝すべきだって。
「セト」
おれが声を掛けた瞬間、誰もが察したらしく武器を片す音が聞こえた。
振り返ったセトはいつもと同じ表情で、何処かしらけたような...そんな顔をしている。
「まだ何か?」
「あァ。おれらは息子でも娘でもいいからねい」
シーンとすること数秒。その間におれらは分散した。
今の言葉を上手に解釈出来ないほど馬鹿ではないセトは目を見開き、ふつふつと湧き出しているように見えた。
「.........殺してやる!!」
「おれ!?ちがっ、マルコのやつがっ」
「全員その首換金してやる!!」
覇気を失くしたおれらに剥き出しの覇気を纏うセトは......ようやく"人"になったようだった。
「照れんな照れんな。大事な"弟"だ。任せたよい」
「ちょっ、ちゃんと収拾つけろよマルコ!!!」
おれらの大事な"妹弟"に明るい未来を、おれらはそのために命を賭けると決めたんだ。
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