春の風
訪れた春島は今まさに最高の時期を迎えていた。桜、とても綺麗な桜が咲き乱れている。
少し前まで過ごした故郷でも桜は咲いていたけど船医として船に乗り込んでからはあまりお目に掛かれない光景になってしまった。
今、船室の窓から見える光景はまるで夢のようにも思えて......とても懐かしい。でも何処か切ない。相も変わらず部屋に籠りっぱなしで調合していた手が止まるくらい綺麗...なんだけど、何か、それにそぐわぬ音が近づいてる。
「ベレッタ!新しい島に着いた!今すぐ降りるぞ!!」
「.........郷愁を感じる時間もないのね」
いつも通り島に着くなり何処ぞから走り込んで来る船長にいつも通り...いや、いつも以上にげんなりする。
折角、窓から見える桜が綺麗で懐かしくて、込み上げて来る郷愁を感じてるっていうのに本当に空気を読んでくれない。そんな彼を見るなり溜め息を吐けばムッとした表情をすることもなく「溜め息吐くと幸せが逃げてくぞ」とか言われてまたガックリ来る。
「さあベレッタ!今すぐ降りよう!此処には町があるぞ!」
「.........町ねえ」
「新しい服とか欲しいだろ?買い物に行こう!」
「これ以上クローゼットに何を入れろと?もうパンパンよ」
町という町に着く度に実用性のない服を買って、袖を通したことのない服も山積みになってるのにまだ買えと?いや、お金を払うのはいつも船長だから有難いとは思うけれども...本当に実用性のないドレスだとかドレスだとかドレスだとか要らないんですけど。
とりあえず出掛ける気満々の船長にNOと言っても無駄な事は分かってる。嫌ってほど分かってる。けど、買い物する必要はないからそこだけは拒否しておかなければならない。
「船長」
「そろそろシャンクスって呼ばないと怒るぞー」
「語尾を伸ばさなくていいです。それから、新しい服とか必要ないですから買い物には行きません」
「んなこと言っていっつも同じような服ばっか着てんじゃねェか」
「船長に言われたくありません」
私が同じような服ばかり着てるっていうなら船長だってベックマンだって同じじゃない。
「とにかく買い物には行きませんから」
「そうか......ならデートだ!デートしよう!」
「.........はい?」
「折角の天気だ!桜だ!こりゃもうデートするしかねェ」
「どんな理屈なのよ...」
買い物行こうを却下した途端、この船長ときたらまたワケの分からないことを。目を輝かせて本当に子供みたい。
「なァに、桜が一番綺麗に見える場所はリサーチ済みだ」
「.........ベックマンに調べさせたのね」
「あァ、違うな。ルウだ」
そこは誰でもいいわよ。でも、
「そうね...私も桜近くで見たいわね」
昔は医療本を片手によく桜を見上げていたから。落ちてくる花びらを此処で見ておきたいかも。
普段は出不精な私でもそう思えるくらい見えた桜は綺麗だった。別に船長と行きたくてたまらないわけじゃないんだけど...たまには自分で進んで出掛けてみるのもいいのかもしれない。そう考えてうっすらとした返事をした直後だった。
「よーし!行こう!今すぐ行こう!!」
「え、ちょっ、何を、」
だんだん恒例化されつつある船長の行動、何故か私を荷物のように小脇に抱えた。今回は進んで出掛けるって言ったのに!!
「大丈夫。落としたりしねェから」
「そういうことじゃないです!今日は逃げ出したりとかしませんよ!」
「あァ、だが気が変わらんとも言えねェだろ?抱えてく」
「さらりと決めないで下さい!!」
私の叫びも空しく、船長はそのまま部屋の扉を蹴り開けて外へと飛び出した。
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