ONE PIECE [SHORT] | ナノ
チビナスの想い

アレが特別だとか、絶対思いたくなかった。





ある日、「おれの部屋に来い」と呼ばれて行ってみりゃ壊滅させた海賊の残党がいた。
このレストランにいりゃよく小競り合いで仲間を置いて逃げ出すってのもよくあることだが、どんなにそいつが性悪でも山猿でも扱いづらくとも若い女を置いて逃げるようなヤツってのはロクなもんじゃねェと思った。男として最悪だとイライラする。

「この娘をウチで雇う。とりあえず雑用だ。仕事を叩き込め」
「はァ?正気かジジイ、こないだの海賊だろ?」
「海賊だろうが何だろうが修繕費は稼がせる。それにこの娘も了承した。教えてやれ」

と、ジジイに背を押されて前に出た女は...バツの悪い顔でただ頭を下げた。

おれが"チビナス"なら、こいつは"プチトマト"だ、と。
元海賊であるベレッタ・ウィルディはこの日からバラティエの雑用として働くことになった。



始めたばかりの頃は右も左どころか何もかも知らねェお嬢ちゃんで、ましてや元は海賊...まともなことは何一つ出来やしなかった。
お陰でクソコック共はキレるわ、ジジイも溜め息を吐くわで朝から晩まで尻拭いばかり。少しは真面目に聞いてんのかと何度思ったか分かりゃしねェ。だけど、運がいいのか悪いのかトマトは女だ。誰一人として手も足も出せねェ、それにまたイライラした。

そんなイライラの募るある晩、おれは偶然にも見ちまったんだ。
まともな口も利けねェ虚勢ばっかの女が、届いた手紙を片手に膝を抱えて泣いてたのを。

その手紙を手渡したのはおれだから差し出し人は分かってる。トマトの姉貴だった。ジジイに聞けばそこはグランドラインにある島、此処から遥か遠くの街...そこにトマトの姉貴はいるらしかった。勿論、そこが故郷なのか何故トマトだけが海賊になったのかなんてことは知らねェ。ついでにその手紙に何が書かれていたのかも知らねェが、トマトが泣いていた事実だけがあった。

.........おれは女の涙には弱いが、トマトだけは例外だと思うようにしてた。



「おいチビナス」
「.........何だよクソジジイ」
「どうだプチトマトの様子は。ちったァ使いもんになって来たか?」

それ以来、頻繁にあの場所で星を見るトマトの目撃証言は増えたが、トマトは改心し始めていた。
雑用はまともに出来始めていたし、随分と時間は掛かったがウエイトレスとして店内で笑うようにもなっていた。まァ、泣いてるよかマシだと適当に思っちゃいたくらいで特におれも気掛けねェようにした頃だった。

「使えようが使えまいがジジイが雇ったんだろ?様子とか見てる暇はねェよ」
「そうか、まァいい」

食器も無事で会計も無事ならいい、くらいで見流してる方がいい。そう考えてる頃にジジイは言った。

「言っておくがな、あの娘はおれが雇った娘だ」
「何だ、急に」
「勝手に手ェ出すなよ」
「.........誰が出すか!アレは許容範囲外だろ!」

聞けば17だというトマト、おれとの年の差は2つで一番近い。けどトマトはトマト、ただの従業員で雑用で此処には綺麗なお姉様だって山ほど来る。手を出すとか出さないとか言う前に論外にも程がある、確かにおれはジジイにそう言った。それなのに、



「.........イライラ、する」
「え?」
「あのクソジジイに見透かされてることに、イライラする」
「は?」
「お前の行動に、イライラする」



あいつが考案して出来たもんを自分の姉貴に送ったのは皆知ってた。ジジイも何故か嬉しそうに見て見ぬフリまでしてた。変わってくトマト、少しずつ本来の姿に戻っていくような...そんな変化を誰もが微笑ましく見てるのも知ってた。けどおれはイライラしていた。
賄いを食って「美味しかった」とコックに笑う、仕事終わりに茶なんかを貰って嬉しそうにする、ジジイに色んな話を聞いて驚いたり笑ったり...そんな感情を見せるトマトにイライラした。感情なんて隠せと言いたい半面、笑っていて欲しいと思った自分。そんな自分にもイライラした。

好きだとか特別だとか―――...絶対思いたくなかった。



「ベレッタ...」

名前を呼べば体をすくませたまま上目遣いでこちらを見る。
海賊やってたくせに外に出てなかったのか、やたら白い顔にはちょっとしたソバカスがあることに初めて気付く。それくらいの距離で...何度も何度も違うと否定しながら、二度目の、キスをしていた。トマトみてェなガキにするようなもんじゃなくて、もういっそ食っちまうかくらいの、深いキス。追い詰めて、半ば無理やりにこんなことをする程...好きじゃない、特別じゃない。そう、何度も思っているのに、

「あ、あの、」
「トマトの分際で...嫉妬とか、させんな」

否定を、否定してしまう。

無理やり抱き締めて余裕もなくキスを繰り返すおれをトマトが制したのはしばらく経ってから。
あだ名通り真っ赤になったトマトが小さな声で「からかって、る...」と呟いた時、ようやく...否定して、肯定した。


翌朝、ベレッタが顔を出す直前まで乱闘騒ぎをした。
「悪い、勝手に手が出た」とわざわざ釘を刺したジジイに言えば足蹴りが飛んで来て、話を聞いてたクソコック共とも一戦どころか数戦はやり合った。「やっぱりおれの娘に手ェ出しやがったな!」と叫ぶジジイと「おれらの妹になんてことしやがった!」と叫ぶクソコック共。決着のつかない乱闘、それにトマトが気付くことはなかった。





そんなことが起きても1カ月は経つ。
相変わらず店内をちょろちょろするトマトが居て、落ち着いた客、野蛮な客、料理よりトマトを目当てにするクソ客が居て...まァ、クソみてェな客はさっさと追い出してやったが平和には違いねェいつも通りの日常。

「あ、サンジ!」

ただ少し変わった事といえば...トマトがほんの少しだけおれの傍に居ること。
あいつは本当に何にも気付いちゃいねェ。おれらがそういう風になっちまったことを皆知ってるってことに。だから足りねェ脳で精一杯のことを考えて...そういうのを悟られないようにしながらおれの傍に居ようとしているらしい。

「あァ?」
「お姉ちゃんから荷物が届いたの。後でちょっと...いいかな?」
「今でも問題ねェだろ、どうした」

ウチに届いた荷物見ていきなり裏に駆け込んだのに気付いておれも来たんだ。顔にも態度にも出過ぎてるから他のヤツらも「姉ちゃんから届いたな、ありゃ」と気付いてる。気が利いてんなら誰も此処には来ねェ。

「あのね、プレゼントが入ってたの」
「あァ」
「お姉ちゃんからとお姉ちゃんの職場の社長さんからと、お姉ちゃんの職場の上司の人から」
「大人に媚び売るガキか。それで3つも取り込みやがったのか」
「いや、だって、お姉ちゃんのお世話になってる人だから、さ」

.........上目遣いでモジモジすんな。押し倒すぞ馬鹿トマト。

「で、お姉ちゃんの職場の上司の人からのにサンジの分もあるの」
「.........は?」
「ほらコレ」

そう言ってトマトが差し出したのは何ともまァ...トマトが喜びそうな小ぶりな王冠のネックレス、しかも2つあって大小あるところを見るとペアらしい。何でまた姉貴の上司がこういうものを送って来るのか...

「こっちがサンジの分!」
「いや待て、こっちのがチェーンが長いだろ。こっちが男性用だ」
「いやいや、私がこっちがいいの。サンジのはこっち」
「.........へいへい」

これは...惚れた弱みになるんだろうか。
短い方を受け取ってついでに長い男性用も取ってトマトの背後に回ってつけてやるとか、髪を掻き分けたから剥き出しになった白いうなじにひたすら目がいく、とか。ほんの少し、距離が縮まっただけなのに。

「あ、りがと」
「.........どう致しまして」
「サンジも...気が向いたら付けてね」


クソッ。
好きだとか特別だとか―――...絶対思いたくなかったのに。


「大事にする」

後ろから抱き締めて腰の前で手を組んでチェーンの横、白いうなじに口付けた。


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