その後
私が動けるようになったのは、次の次の朝だった。
ホールスタッフとして機能出来ないなら治るまで休めと指示が出されて...そこは甘まえて受けた。邪魔になるのだけは避けたかったから。
あれから...サンジとオーナーがどんな話をしたか知らない。
聞こうとしても教えてくれなかったし交わされたから聞かれたくないのだと思うようにした。ただ、時々顔を出して世話をしてくれたサンジの顔は綺麗で怪我一つなかった。サンジの言う乱闘騒ぎにはならなかったようだ。多分、だけど。
「おはようございます!」
「おう、やっと来たかクソベレッタ!おめェの所為でクソ忙しかったじゃねェか!」
「ごめんなさい。今日からまた頑張りまーす」
少しだけ警戒して入ったホール内も普通だった。
皆、何も知らないわけじゃないと思うけど知らないフリをしてくれてるんだろう。普通だけどちょっとだけ雰囲気が変わったのは分かる。別に余所余所しいとかではないけどちょっとだけ雰囲気って言ったらいいのかな、とにかく空気が違う。
「今日は起きれたんだな」
「あ、おはようサンジ」
近付いて来るサンジも普通だ。
いつも通り、しれっとスカした顔と言ったらいいんだろうか、とにかく普通。だから私も普通に笑って返事をした。特に何も問題なかったんだ、と安心した。
「ジジイの大事な娘に手ェ出したんだ。殴られて済むならいくらでも殴られてやるよ」
そう、オーナーはそんな事しない。
いつも通りに過ぎていく時間、いつも通り大繁盛。
優雅なホールとは裏腹に罵声飛び交う厨房もいつも通りで何だかホッとした。私もいつも通り、くるくるとホールを回る。ウエイターとウエイトレスの急募を掛けてるけど未だに名乗りを上げる猛者は居なくて、本当に目が回る程の忙しさだ。
「大変、お待たせしましたー」
作り笑顔も頑張ってる。その効果もあってか気持ち悪いナンパも増えた。
お金さえ支払って貰えればその後は客でも何でも無くなるから(つまりその後にブチのめしてもいい)、この瞬間だけは耐えろ、交わせ...と言われたからいつも通り交わす。この方法は...オーナーに教わった。
今となっては本当に慣れた。手を握られても、よく分からない口説き文句を言われようとも。
「あはは。またまたー」
「いや本気だって。で、いつが休みなの?」
強いて言うならありませんけど?と言ってやりたい。
此処は海上レストランですよ。私は住み込みのウエイトレスですよ。無意味に休みは取れません。というより...休みを取っても意味無いし。
「しばらくは働き通しですねー昨日休んじゃいましたしね」
うん。嘘は言ってない。
適当に交わしつつ、でもなかなか注文が取れない。決める気あるのかなこの人...
「.........お客様、」
「「え?」」
ワイングラスを片手に何故か目の前に現れたサンジ。
ちゃっかり隣のテーブルのレディにサービスでワインを配ってるけど...視線はこちらに向けたまま。何だろう器用だなあ。
「申し訳ございません。こちらはメニューにもサービスにも含まれておりません」
......ん?
こちらって、私を指差してますね。ん?うん。私は商品でもないし料理でもない。ついでに子供用のおまけでもないし、レディ用のプレゼントでもないよ。うん。それがどうした。
「こちら以外にご注文頂けぬようでしたら...」
目で追う事の出来ない速度でお客が飛んだ...
サンジが蹴り飛ばしたと気付くまでに数秒。他のお客が悲鳴を上げるまでに更に数秒掛かった。
「とっとと失せやがれロリコン野郎」
「ちょっ、サンジ!!?ってか、お客様が......」
「放っておけそんなクズ」
いや、放っておきたい気持ちは山々だけど...
とりあえず周囲のお客にお騒がせして申し訳ないと謝って、床に転がった椅子をきちんと戻した。向こうで伸びたままのお客は...どうしよう。そのまま置いてても邪魔になるし、介抱って言っても...放っておけと言われたし...
「まァたやったのかサンジ」
「オーナー!」
よ、良かった。これでオーナーに指示がもらえる。
そう思って駆け出そうとした時、何故かサンジに止められた。
「何か文句あんのかクソジジイ」
「ちょっと!」
またいつもの喧嘩を始める気?
そんな事になる前に私から事情を説明しようと思っていたけど...何故かオーナーはその場を動かない。いつもだったら老人とは思えぬ飛び蹴りが炸裂するのに...
「物のついでだ。その塵を片すなら塩も撒いておけ」
「あァ...分かった」
「へ?」
オーナーはそれだけ言うと静かに戻って行った。
サンジは文字通り、伸びたお客を海に放り出して...厨房からやって来たカルネが大量の塩をその人めがけて撒いた。海水もしょっぱいから意味はないと思うんだけど...わざわざ買った塩が勿体無い。
「これでよし!」
「撒き過ぎだ馬鹿。仕事に戻るぞベレッタ」
「う、うん...」
やっぱり今日は何かが違う。
「.........ベレッタ」
「は、はい!」
「次からはあんなの相手にすんな。いいか?」
今までそんな風に言われた事無かった。
「聞こえてんのか?」
適当に交わしてるのを見てただけ。助け舟ですら出してもらった事無かった。
「.........ベレッタ?」
「あ、うん、ごめん!頑張って相手にしないようにするね!」
少しむず痒い気持ちになった。
これが特別だっていうんなら幸せすぎて自然と顔がにやける。そんな私を見てサンジは「んな顔でこっち見んな」と少しだけ顔を赤らめていた。
簡易リクにて優しくない黒足
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