ひそやかに恋して、
海賊にルールはない。だけど海賊団にはルールがある。
ほぼ自由な海賊団で鉄の掟さえ守れば...それ以外は自由だ。だけど、その海賊団が"家族"ならまた話が変わって来る。
それがまた私を随分と悩ませてくれる。勿論、そのルールに頭を痛めているのは私だけかもしれないけど。
「おうおう、今日もまた随分な顔してんなァベレッタ」
「.........そういう隊長は随分な頭ですね。相変わらず」
「バァカ。こりゃおれのトレードマークだ」
「.........もげればいいのに」
むしろ、全力で刈り取って差し上げたいわ。そのパン色のリーゼント。邪魔だし。
「で、今日もまた悩み事か」
「毎日が悩み事。でも、解決させることもしない」
「だったら悩んでもしょーがないね?」
「.........悩みのない人はいいですね」
考えたくなくてもちょっとした隙間みたいな時間が出来たとしても私は考えてしまうタイプらしい。
.........と、いうより視界にそれが遮っただけでもうアウト。出来ればそうはしたくないけど...敢えて遮らなくしても一日は保たない。
「酷く厄介」
「悩みがか?」
「私の思考回路」
「それ以外も厄介だろ」
「.........隊長の脳内はさぞお花が綺麗に咲いた場所でしょうね」
食事、美味しかったです。有難う御座いました。
それだけ隊長に伝えて席を立つと...溜め息が出る光景を目の当たりにしてしまった。いや、それはごく普通の光景なんだけど。
「お疲れ様です」
眉間にシワ、手には航海図、複雑な表情でやって来たのはオヤジ様の片腕。
彼もまた部隊を統括する隊長の一人だから...彼が気付く前に深々と頭を下げた。
「あァ。今日はまた随分遅いメシじゃねェかい」
「イゾウ隊長の書類捌いてたら遅くなったんです。隊長も随分遅いですね」
「おれは航路案の見直しの所為だよい。またエースのヤツが食糧庫を漁りやがったからねい」
何処で覚えたのか綺麗にやりやがって...と、ぼやいている。
食糧保管庫自体はさほどガチガチに施錠されてはいないものの、すぐに食べれる食材に関しては基本的にはガチガチの施錠が施されている。隊長の言う"綺麗に"というのはそのガチガチの施錠を見事に解錠したことと、その中身が綺麗に無くなっていることを意味するんだということに私は気付いていた。
「誰とは言いませんが...エース隊長に鍵開けの技術を教えた方がいらっしゃいますよ」
そう、たまたま私は見てしまった。
「それは...何処の誰だよい」
「誰とは言えませんが...その技術を習得したらすぐに自慢しそうな隊長さんで脳内がお花畑の方です」
「ベレッタ!!てめェ!!」
元々は食糧庫の施錠荒らしが目的ではない彼が自慢して教えてしまったのが運の尽き。そして、私に見られてしまったことも。
「.........成程ねい。確かに脳内は壊滅的なほど花が咲いてるらしい」
「後はよろしくお願いします」
「了解。お疲れさん」
二人に背を向けてすぐに悲鳴にも似た叫び声が聞こえたけど、私は何事もなかったかのように食堂を出た。
海賊は、自由である。これは唯一私の父が教えてくれたことだった。
彼は自由な海賊になって家族を置いて出ていってしまった。だけど誰も責めたりはしなかった。
私はずっとその日から納得出来ず、最終的には答えを探して父と同じ道を歩むことにしたけど...確かに自由で、でも全てではないと知った。
「なーにが自由よ」
ゆらゆら揺れる水面を眺めながらあの日の父を思い出す。
自由だ、じゃなくて海賊になって自由を追い求めるんだ、に変更してから行ってくれれば良かったのに。
てか、家族より大事な自由って何だろう。もし、生きて会える日が来るならば胸倉掴んで聞いてやりたい。
ゆらゆら揺れる水面にぼんやりと自分の冴えない顔が映って歪む。
かなりブスだ。きっと水面が揺れてなくてもそうだ。最近では鏡を見る度にこの顔で嫌になる。
「家族、かあ」
血の繋がりはなくても絆の繋がりがある。想いが血よりも濃く繋がっている。
皆、キョーダイで家族だ。家族を置いて海へ出てしまった父よりもずっとずっと繋がりは強い。そして、大事なもの。
その家族の、キョーダイのお兄さんに私は恋をしてしまった。私は、妹なのに。
「まだ父親捜してんのかい?」
ゆらゆら揺れる水面にもう一人。
「ま、マルコ隊長」
振り返った先には、その大好きなお兄さんの姿。
「確か...ブン殴るため、だったか?」
「な、何、お、覚えて...」
「面白い理由だったんでねい。オヤジも孝行娘を"娘"に出来たと喜んでたよい」
エース隊長ほど爽やかにではないけど、穏やかに笑って大きな手で私の頭に手を置く隊長。
そう、これだから私は悩むんだ。
私はこの人に対しての気持ちが違うから触れられない。でもこの人はいつだって家族だから優しく触れて来る。その度に私は思い知るんだ。
「.........本当の孝行娘なら故郷で父親の帰りを待つものですよ」
この人はそうとしか見てないこと。そして、私が告げなければこの関係が終わらないこと。
このまま苦しいのがいいのか、告げて少しギクシャクしたりよそよそしくされるのがいいのか、分からない。
家族、なんだもの。此処にいる以上、それは付き纏う。だったら船を...なんて、それもまたしたくない。
「いいや、捜してブン殴ってやるのもまた孝行だろうよい」
孝行娘なんかじゃない。ワガママなんだ。
「言いたいこと言ってブン殴る、そしたらスッキリするだろ?」
家を出ていく父親に私は何も言えなかった。
だからもし、生きて会える日が来るならば胸倉掴んで聞いてやりたいと思ったんだ。
その答えを聞くのは酷く怖いけど...今は大好きな家族がいるから。
「.........あ、」
そうか。今の悩みも同じようなものかもしれない。
答えを聞くのは酷く怖いけど...何も言えなくているよりも胸倉掴んで言ってしまった方がいいんだ。
「.........いつか、」
「ん?」
「言いたいこと言ってスッキリしようと思います」
「あァ、そうするといい」
私を置いてった父親も家族、目の前にいる好きな人も家族。
伝えることは違うけど同じだ。言わずにいるから苦しい。答えがないから苦しい。
「胸倉、掴んだらごめんなさい」
「.........は?」
その答えを聞くのは酷く怖いけど...
言いたいことを言って、それが納得出来なければブン殴ればいい。そして、スッキリさせようか。
「有難う、ございました」
何処か戸惑うマルコ隊長にお礼を言って、海を横目に歩き出す。
ゆらゆら揺れる水面には、きっといつも私はいないだろう。
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