サウンド・ノイズ
珍しく、とても久しぶりに顔を合わせたような気がする。
「久しぶりねベレッタ」
「ホント久しぶり。聞いたわよ。変なコたちがヒナに付き纏ってるんだって?」
「.........それ、私の部下たちよ。ヒナうんざり」
階級の低い下っ端時代、共に同じ時間を過ごした仲間たち。海軍本部に所属しているけどなかなか顔を合わせることは少なくてこうして同じテーブルに座るのは...何年前だろうか。それをすぐに答えられないくらい久しぶりだ。
「スモーカーさんも久しぶり」
「あァ...ま、こいつは大して久しぶりでもねェがな」
「それはこっちの台詞よ。毎度勝手に呼び付けて...ヒナ迷惑」
お互い、この海上を駆ける身で一か所に集結なんて本当に珍しい。
それがどういうことでどういう意味があるか...なんてわざわざ口にしたくない。世界各地から海兵が集まってその中に私たちがいる、それだけのことと私は思うようにしてる。海軍に所属しておきながらこう思うのも何だけど...結論として私はお偉いさんたちの決断に納得していないから、だから珍しい同窓会をただ喜ぶようにしてた。
「相変わらず仲良しなのね」
「それこそ激しい誤解だわ。ヒナ心外」
「あらあら。折角、ヒナを信頼して呼んでるのにね」
「そういうわけじゃねェよ」
マリンフォードの大きな酒場の一角、余程珍しい顔ぶれが並んでる所為か視線が痛い。
席について間もないけど居心地悪くって嫌になる。それは彼らも同意見らしくスモーカーさんはこそこそ見てる海兵たちを睨み、ヒナは彼女目当てに手を振る海兵たちを睨む。私はまあ...ぼちぼち飲むだけなんだけど。
「で、おめェは最近どうなんだ?」
「んー...ぼちぼち。てか、今は書類雑務多すぎ」
「そういえば知らない間に少将になったわね?」
「んー...シャボンディに居たから海賊検挙率高くって」
航路途中の島に居たんなら間違いなく私は昇級してなかったと思うけど異動した場所が悪すぎた。
グランドラインのど真ん中、道筋が一本となる場所。そこで毎日毎日巡回して海賊捕まえてーとしてる間に同期二人の階級を何故か越えてしまった。多分、このメンバーで戦う機会があるならば一番弱いのは私なのに...本当にお偉いさんたちの目は節穴だ。
「謙遜するな。逆に嫌味に聞こえる」
ビールをあおりながら片手には葉巻。ヒナも変わらず美人だけどこの人も相変わらずだ。
いくら能力が煙でも二人の女性を目の前にしてるのだから少しは控えて欲しいところ。けど...まあそれは言わない。
「そういうわけでもないんだけどなあ。海賊多すぎるのは事実だし」
「合流地点ですものね。それなのに人手が足りないって本当?」
足りる足りないで言えば...正直言うと多すぎるくらい人手はあるんだ。でも、残念なことにルーキーを追えるだけの人材は少ない。それは多分、彼らも何となく気付いてると思うからハッキリは言わない。限りなく不可能な話だけど、この二人が来てくれたら人手を半分にしたって問題ないと思う。そんなところだ。
「まあ本当、かな。ある意味で酷過ぎる。ベレッタうんざり」
「それ、私の真似?」
「あ、気付いた?」
くすくす、笑う。こういうのもまた久しぶりだ。
最近は本当にどうしようもない書類の多さで眉間にシワを寄せてばかりだったから。と、能天気にそんなことを考えてるけど...本当は、
「いよいよ明日だな」
「そうね。明日は...きっと揺れる日になるわ」
そう、考えたくないけど能天気に笑えないイベントが待ってた。
「来るだろうな」
「来るでしょう。だから会議は念入りに行われてる」
「ベレッタ、お前はその会議に参加してたんだろう?どうなんだ?」
ポートガス・D・エース、公開処刑。
海軍の威厳を保つために映像電伝虫で世界にそれを配信する...新聞でも話題になってる。
「.........ベレッタ?」
軍の筋書きはこうだ。彼を餌にあの大海賊を呼び寄せて"どんなことをしてでも"海に沈める、と。
"どんなことをしても"...その内容は結構卑劣なもので"結果として海軍の勝利"だけあればいい、という。あの海賊団で警戒されている人物たちは能力者が多い。だから処刑所に近い海、足場さえなくなれば楽勝だと念入りにシュミレートを重ねた。
「.........会議には参加してた。内容は明日まで緘口令が出てるの。話せないわ」
「そう。なら仕方ないわね」
「憂鬱な会議だったわ。それも...明日で終わり」
本当に、憂鬱な日々だった。
別に海賊に同情するつもりはない。ポートガス・D・エースの処刑に異論を唱えるつもりもない。ただ、そのやり方には...賛同出来なかった。だって、命懸けでやって来る連中にこちらは真っ向戦う気がない。それは...私の中の正義に反してる。
「お前...」
「飲もう。明日の勝利のために」
グラスを持てば浮かない顔のスモーカーさんと呆れ顔のヒナが私を見てた。
何となく...気付かれてることは分かる。だけど、それを敢えて隠すように笑ってグラスを前に突き出せば...3つのグラスがぶつかった。
明日に残らない程度、嗜むだけ飲んでいたら頼んでもない迎えがやって来てしまってヒナは溜め息混じりに帰ってしまった。
その迎えっていうのが例の新人くんたちらしく、思わず吹き出すくらいのコントを見せてもらった。「アナタのために僕らは参上しました」だなんて言って花束を持って...本当にそれこそ頼んでない、と、ヒナはうんざりした様子だった。けど、それでも時間は流れてる。だからイライラしながらも帰って行った。「また、明日」と少しだけ真面目な顔をして...
「私たちも帰りましょうか」
「.........あァ」
明日に備えて、と言うまでもなく私たちも席を立った。
周囲にはまだ人が騒いでるけど店側もそろそろ切り上げてもらうべく準備に取り掛かってる。混雑する前に退散した方が無難だ。
「スモーカーさんは宿舎ですよね?」
「あァ」
「私は家なんで此処で、」
「送る」
ヒナと同じように「また明日」と別れるつもりだった。けど、仏頂面の彼がポツリとしっかりとそう言ったから思わず立ち止まった。
私の家はこの酒場からそう離れてない場所にあって住宅街、一時滞在施設である宿舎は全く反対側の訓練施設の方にある。送ると言われてもそう遠くはないけど通った道をまた戻らせることにはなる。
「大丈夫ですよ。そこまで酔ってませんから」
「いや今日は変なのも多い。今怪我されても困る」
「.........怪我するほど弱くはないつもりなんですが、」
「確かにな。けどお前一人に100人で来られたら流石に怪我はするだろう?」
それはあくまで100人来れば、だ。
ヒナならともかく私に100人来ることがあるなら逆に見てみたいとも思う。勿論、それらを見た後は準備運動させてもらうけど。
「聞きたいこともまだある。送らせろ」
「.........聞きたいこと、ですか?」
帰路を促されて歩き出した私に彼は葉巻を一本くわえ、スパーと吐きながら呟いた。
「お前は今回の処刑に何を思う」
「.........別に、何も」
「おれも何も思うことはねェ。海軍本部准将としてはな。ただ"おれ"としてはそのやり方には納得してねェ」
「.........それ、口にしちゃいけません」
「あァ?こんだけガヤガヤしてんだ。誰にも聞こえねェよ」
で、お前は?と静かに聞かれる。
彼は...嘘吐きだ。ガヤガヤしてたのは酒場だけ、今はその音が少しだけ響いてる状態。誰かがその辺に居れば...聞こえないとも限らない。
「私は...」
本当は、口にしちゃいけない。上に従うのが下の宿命。
何を言っても伝わらないものは伝わらない。聞く耳を持たれなければ言葉は意味を成さない。自分の正義の上に更に大きな正義があってそれが優先であり、それが絶対の正義。私のちっぽけな正義など...この組織に必要ない。
「私は海軍本部少将として、」
そんなこと、分かってる。でも、
「彼らのやり方に納得してない。私の正義に反してる」
この人を目の前に嘘は吐けない。
「.........此処はうっせェから何も聞こえないが、そう思ったか」
「聞こえないついでに...今件が終わったら海軍辞めようかと考えてます」
あの憂鬱な軍の会議に参加して私は何度も思った。
異論を唱え、反逆者と言われて軍を追われようとも自分の正義を貫いてやろうかとも。そう、少し前に去ったドレーク氏のように。ただ去り際に"お前にはそういう立ち回りは勧めない"と彼に言われたのを思い出して留めてしまったけど。
「あァ聞こえねェな。その馬鹿な考え。だったらおれの下に就けばいい」
「え?」
「おれァ海軍の厄介者だ。従う従わねェは自分で決める。お前もそうしたいなら下って来い」
再び、立ち止まってしまった。
「大体、てめェはそういうとこがあるから上に気に入られて昇級しちまう。余計に動き辛くなる。だったら一回下りておれみたいなのの下に就け。どっち取って後悔するかなんざ考えてみりゃすぐ分かる。いや、考える必要はねェ。責任は全部おれが取ってやる」
同じように立ち止まって真剣な眼差しを見た。
この人は...本当に下っ端時代と何ら変わりない。同期だけど年上で仲間なのに少しだけ上をいく。隠してたつもりでも気付かれてしまったら吐かずにはいられない。吐いて、吐いた先の真っ暗な道を少しだけ照らしてくれる。
「.........そういう道も、悪くないかもしれない」
「ランクダウンはするがな」
「そうなると...たしぎさんと仲良くなることから始めないと」
「たしぎ?」
過去に数回だけど会ったことがある私より若い女性海軍。とても真っ直ぐで素敵だった。
何の話を聞いてか手合わせをしたいと言われたことがあったけど時間もなくて「また今度」と約束した。あの時の残念そうな顔と約束した時の嬉しそうな顔は私の記憶の中にきちんと残ってる。ヒナも可愛くて仕方ないんだと聞いたこともあった。
「ずっとスモーカーさんの下に就いてるでしょ?そしたら私の先輩になるし、二人の仲を裂くつもりもないもの」
「おれとアイツの仲?」
「ヒナが言ってた。勿体ないってね」
私は勿体ないとは思わないんだけど、と笑えば彼は随分と険しい表情をした。
確かに組織としての彼のやり方は強引で勝手なところもあるけど、個人で見れば気難しいところもなくないけど決して悪い人ではなくて良く周りを見れる人だと私は自信を持って伝えることが出来る。そんな彼に女性として傍に居れる人は苦労はするかもしれないけどきっと不幸にはならない。それに彼女がそうであるならばそれこそ私なんかより彼が見えているだろうからお似合いだ。
と、ヒナには言ったことがあった。ヒナはそれでも溜め息混じりに勿体ないって言ったけど...そこは敢えて言わなくてもいいよね。
「.........まァいい、周囲もうるせェから聞こえねェだろ」
未だ立ち止まったままの状態の中でスモーカーさんは一度天を仰いで煙を吐き、葉巻を手に持っていつもの表情で私の方を見た。
「お前が組織の人間として下ったとしても、おれは個人として一生を掛けてお前の責任を取ろうと考えてる」
「え?」
「勿論、明日以降の問題でどうするかはその本人しか決断出来ねェことだからおれは無理強いするつもりはない」
"個人として一生を掛けて責任を取ろうと考えてる"って......何?
「ただ、下って来た暁にはおれと"一部下"との仲とか疑えねェくらい傍に置くつもりで苦労も厭わない。既成事実からの関係から始めても構わねェくらい迫るつもりでいる。長いこと擦れ違いだからなァ。限界はとっくに過ぎてて今も明日さえなければ送り狼になってる」
ある程度の距離で聞く、所謂コレは、告白。
「どうせ聞こえちゃねェだろうが...明日を控えてここまで言うつもりはなかった。悪ィ」
呆然と、ただ呆然と彼を見つめたけど、聞こえていない、ただの独り言だと言わんばかりの表情で私を見てる。
言葉は出ない。返す言葉も出ない。
今聞こえてないものにされた言葉たちに嘘はないと思いながらも嘘のようにも思えてしまう。
「全ては明日だ。絶対死ぬなよ」
「.........スモーカーさんも」
「悪ィがこっから先は一人で帰れ。じゃあな」
来た道へと戻ってくスモーカーさんの背中を私は静かに見守った。大きな背中、大きな正義。
私はどうやって海軍を辞めるか、どうやったら辞められるか、どうやったら辞めさせられるかを考えていたけど初めてそれを止めた。
「.........はい。また、明日」
あの正義の下、就いてみるのも悪くないと思ったからだった。
title by 悪魔とワルツを
>海軍同期の話。ヒナ辺りも出て来て欲しい他...とのことで出来ました。しれっとクリスマスリクでかりんさんに捧げます。初、初のスモさんです。スモさん...随分と考え込みました。私のイメージではこんなカンジなのですが...如何だったでしょうか。全くクリスマスとは関係ない話になっていますがどうぞ受け取って下さいませ。本当に有難う御座いました!
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