昨日の話。
「昨日の話するぜ」
わざとカーテン引いて電気を落とした部室の中。隙間から差し込む光が妙な空気を誘う。
響く蝉の声を聴くだけで暑苦しいのに相反してガンガンに冷えた室内は余計に妙な空気を醸し出していた。
「ちょい前から俺のバアさん入院してたんだ」
「.........うん」
そんな中で落ち着いた声で話してるのは宍戸。
決して明るくも暗くもないトーンで淡々と語り始めたのは少しだけ"怪談"とはかけ離れてると信じていた。
「で、近いうちに退院するってオフクロから数日前から聞いちゃいたんだ」
「病気やってん?」
「いや。単なる骨折。で、そうかそうか退院か良かった、ってホッしてそんな会話したことすら昨日まで忘れてたんだ」
「忘れんなよ...バアさん可哀想だな」
「うっせえよ。で、昨日テニス終わって家帰ったらバアさんが玄関先にいてよ」
「退院されたんですね」
「そう。退院したんだ良かったなって俺が言ったらバアさんニコニコしてたんだ」
実はその時にはもう...とか言うオチじゃねえだろうな、と跡部が言えば宍戸が勝手に殺すなと激怒した。
どうやらそういう話ではなく、宍戸の祖母は元気にしているらしいことが窺えた。
「ま、特に会話とかないまま俺は普通に部屋に戻って服着替えて...で、腹も減ったし、メシでも...と思ってリビング行ったらオフクロが言うんだ」
「.........何て?」
「誰と話してたの?って」
間を置いてゆっくりとそう口にした宍戸にうっすら怒りを覚えた。
怖い話し方だ。それじゃ色々勘ぐってくれというような言い方だ。涼しいのに汗が出る、汗が出るのに悪寒が走る。
「何や迎えに行ってへんのかい」
「薄情だな宍戸母」
「うっせえな。いくら何でもそこまで薄情じゃねえだろ」
「勝手にバアさんが一人で帰って来たとか?」
「まあ、ボケてねえから普通に一人でも帰って来れるわな」
.........こっちは嫌な汗掻いてんのに普通の会話を挟むとかどうよ。
早くオチ、オチを下さい。じゃないとこのままじゃキラキラした目なのに無言でニヤニヤ楽しんでる日吉にしがみついてしまうよ。
「当然、俺もそう思って言った。バアさん退院したんだなって」
「そしたら?」
「オフクロが言った.........おばあさんの退院は明日よ、って」
............
「ちょっ、何見たんだお前!」
「白昼夢じゃねえのかあ?」
「寝る子は育つ言うもんなあ」
「夢でも何でもねえよ!そこに確かにバアさんはいたんだ!」
「けど退院してへんねやろ?おかしいやん」
「おかしいんだよ!だから俺は玄関に走ったんだ。けどバアさんはいなかった」
宍戸ってばおかしいんだと言い切ったよ...
まあこの暑さだから白昼夢とか蜃気楼とかでもおかしくない...と私は思いたい。むしろ、幻であって欲しい。
「そういうオチかよ」
「そうだ。その後も部屋とか捜してバアさんの部屋まで行ったんだ。けど、いなかった」
だったら間違いなく白昼夢とか蜃気楼とか幻の類、ですよね?
それなのに何故宍戸は真顔なんだろう...物凄く嫌なカンジがするんですけど。
「でも久しぶりにバアさんの部屋に入って...俺は気付いたんだ」
あああああ、気付いちゃいけない何かに気付いちゃった系です。
「バアさんの部屋に置いてあった遺影。ジイさんのとかがあるんだけど、その中の一つにバアさんのもあったんだ」
遺影...遺影とは亡くなった方のお写真ですよね。
ウチの仏壇にもご位牌と共に遺影があります。ええ、ありますけど...生きた方のお写真はありませんよ。ええ。
「どういうことだ?」
「ジイさんとバアさんのツーショット写真を遺影にしてたんじゃね?」
「普通だと遺影は個人でのものしか使いませんよ」
馬鹿ですね、と突っ込みを入れる日吉に激怒してる岳ちゃん。
ああああ、こんなところで和み要素をブッ込んでも...怖さは引きません。だったらそのお写真は何ってなるじゃない。皆、宍戸の口元に注目してるじゃない!出来れば何かこう、怖くない結末をお願いします。出来ればブルッとしないオチをお願いしますよ宍戸さん!
大注目の中、宍戸は少し影を落とした表情で口を開いた。
「退院したバアさんに聞いたらバアさんの母親で昨日が命日だったらしい」
「ぎゃああああああ!!!」
「っ、耳、つんざいたじゃねえか!」
「跡部!それ幽霊!それ幽霊じゃん!!」
「俺は幽霊じゃねえよ」
「そ、そうだ!ゆ、幽霊とは限らねえよ!馬鹿!」
「せやったら生き霊かいな。そっちの方が怖いわ。幽霊や幽霊でええ」
「きゅうりの早馬を待てなかったんでしょうね」
「.........きゅうりの早馬って何だ」
「え!?跡部さんお盆のお供え知らないんですか?」
「知らねえな」
「.........これだからぼっちゃんは。てか、俺のオチ潰すな跡部」
立秋を迎えたけどまだまだ暑い夏。
ちょっとした休憩、ちょっとした話で始まった怪談。相当寒くなったので私と岳ちゃんは仲良く外目掛けて走り出しました。
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