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親切にも私を中まで入れてくれた美人さんは不二周助さんと言って、青春学園の生徒さんで男子テニス部の部員だった。
試合前でリラックスするために静かなところへ行こうとしていた矢先に私に会い、とんだ迷惑を掛けて誤解をされて...災難だったろうなあ。申し訳ない。でも、試合前だというのに景吾さんのところに案内してくれるって言ってくれたから嬉しかった。手を煩わして申し訳ない気持ちもあるけれど。

「何か色々とごめんなさい」
「いいんだよ。久しぶりにこんなに笑っちゃったし」
「うう...本当にごめんなさい」

だってこんなに美人なんだもの、女の人だと信じて疑わなかった。人って本当に不平等だよ。

.........そういえば、あの日の跡部さんも同じだった。
遠目に見て凄い綺麗な人で、色んな人が振り返るくらいの存在感。後ろ姿も何処か綺麗で、私はしばらく見惚れてしまった。ただ男の人だと知った時には泣きそうだったけど。それでも...口調は少し荒っぽかったけどとても優しい人だった。

「あ、あそこに居る」
「え?景吾さんが?」
「僕が呼んで来るから此処で待ってて」

「くれぐれも動かないようにね」と彼はそう言って走って行った。
走って行く先、結構人が多くて私からは景吾さんが確認出来なくて、ジッと不二さんの背中を眺めていたけどそれも確認出来なくなった。
この会場、本当に人が多すぎる。ホンの数メートル先に不二さんが居て、きっとその傍に景吾さんが居るんだろうけど見えない。本当に、呼んで来てくれるんだろうか。いや、景吾さんは本当に顔を出してくれるだろうか...此処まで来てくれるだろうか。

そもそも...私のことを、覚えているのだろうか。
最初で最後、と言われたけど…もう一度だけ会いたいと思った。少なくとも私は。でも景吾さんは私じゃないから違う。あの日のことを覚えているのか、いや、覚えていたとしても私と会って話すことなど無いかもしれない。気を、遣わせてばかりだったし。話もうまく出来なくてまともに顔も見ることが出来なくて、優しい人だと思った頃には「さよなら」が近づいてて――...


「ゆい!」


確かに声がした。不二さんが走って行った方向から。
少し背伸びをしながら向こうを揺れながら見渡していれば、私服じゃないジャージ姿の景吾さんが見えた。

「景吾さん!」
「ゆい」

人混みを荒々しく掻き分けて走って来てくれた。良かった、ちゃんと会って話が出来るみたいだ。
そう考えたら嬉しくて、ただ嬉しくて泣いてしまうかと思った。でもそれは溢れ落ちる前に驚きで引っ込んでしまった。ぎゅっと抱き締められて彼の服の色しか見えなくて、ただそんな中、彼の声が響く。

「月下美人が咲いた」
「え?」
「だから会いたかった」

あの日、隣り合わせに置いてあった月下美人。私が買った月下美人...景吾さんは育ててくれたんだ。
本当は困っていたかもしれない、でも彼にも渡したい、そんな気持ちで手渡したものを育ててくれるなんて思ってもみなかった。それを彼は育ててくれた。

「わ、私のも、咲きそうなんです。だから」

景吾さんに会いたかった。何故か分からないけどどうしても会いたかった。会って、話したかった。
初めてそんな風に思った彼が同じように他でもない「私」に会いたかったと言ってくれた。今度は嬉しくて涙が流れた。

「ゆい」
「有難う。本当に、有難う御座いました」

面白味もない騙されてやって来たような子に合わせてくれて、沢山の思い出をくれた人に「有難う」をようやく言えた。
覚えてもくれていた。花も、咲かせてくれた。それで会いたくなったと言ってくれた彼に、私はもう一度「有難う」と告げれば彼は低い声で「馬鹿が」と言った。私が馬鹿みたいに泣き出したからそう言ったのか、物言いが大袈裟だったからそう言ったのか…でも、それは私の想像とは大きく違った。

「このままじゃ終わらせねえ」
「え?」
「このまま"有難う"とかじゃ終わらせられねえからな」
「景吾さん?」

場所が場所だけに彼は耳元で小さく囁いた。
その言葉は...俄かに信じられるような言葉じゃなかったけどでも疑うことも出来なかった。だって彼は育ててくれたのだもの。

「景吾さん、月下美人の花言葉を知っていますか?」
「.........いいや」
「儚い美、儚い恋、繊細、快楽...」
「.........全然イイ言葉じゃねえ」
「そんなことないです」

「ただ一度だけ会いたくて」「強い意志」 これだけ沢山の意味を持つ花。

「花が、また私たちを結んでくれたんだと思います」
「なら...このまま終わりとか言わねえよな?」

景吾さんが望むならば、私も終わらせたくはない。私も終わりにしたくなくて自分から動き出したのだから。
「最初で最後」なんて儚いものにはしたくない。そう思ったから私は強く頷いた。



―――After that.

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