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Necessary

「え?氷帝の跡部景吾?」
と、たまたま園芸部の温室に来てくれた幸村くんは驚いてた。お友達だって聞いてたから思い切って訊いたんだけど...私の接点とか何もないからかなあ?とか、他校生のことだからかなあ?とか、一人解釈していればどうも理由は違ったらしい。
彼を知らない人が居るとは思わなかった、と言われて私は首を傾げるしかなかった。


「氷帝の跡部くん、ですか?」
同じことを同じクラスの柳生くんにも聞いてみた。そしたら彼もやっぱり驚いてズレた眼鏡を上げていた。
派手なスタイルとルックスを持っていて、だけど派手なだけでなくプレイスタイルも抜群で。有名な人物だと教えてもらった。確かに...綺麗な顔立ちをした人だったけど、柳生くんの言う奇抜さみたいなものは無かったと思った。


あの日、私は初めて経験することが多かった。
騙されたにしても男性と待ち合わせをしたのも、手を繋いで歩いたのも、一緒に出掛けたのも初めてだった。そして、プレゼントを貰ったのも初めてで...今も出窓に置いて世話をしてる。蕾を付けた月下美人。
そろそろ花が咲きそうになってる。蕾が大きく膨らんで、あと少しというとこで...それを見て、私は動くことを決意した。

最初で最後、と言われたけど...もう一度だけ会いたい、と。



「制服じゃなくても、良かったかな?」

校内に貼り出された新聞のイベント欄、テニス部全国大会の文字。それが今日で、私は単独で動いてた。
本当なら応援団に交じることも出来たし、女子だけで結成されたチア団に交じることも出来たけど...私は敢えてしなかった。そんなんじゃ身動きが取れなくなっちゃう。そう、思ったけど....けど、どのみち難しいことを今更知った。

人、多い。制服も私服も入り乱れてるし、何か、凄い人。
ヘタしたらその辺のお祭りより人が多いなんて、思わなかった。

「ご、ごめんなさいっ」

とにかく人にぶつかっては謝ってる。しかもあんまり前に進めてない、気がする。
こんな風なのかな?テニスの試合会場って...もっと厳格に静粛に行われてるのかと思ってたんだけど。
あ、でもそんな風だったらアレか。キャーキャー言いそうなチア団なんかは門前払いされちゃうか。それにしても、凄い人...

捜せる自信、無いこともなかったのに、な。
まさかこんなに人が居るとは思いもしなかった。しかも、これじゃ人柱が何本もあるみたい。前もろくに見えない。

「んー...帰るかなあ。でも、でも......んっ」

少しずつ前進してるつもりだった。けど、足に靴が付いて来なくて思いっきり体がガクッて。
うわ、な、何か挙動不審な行動とったよ私!振り返られたよ私!てか、何?妙に強力なガムか何か踏んだ?にしては...

「ごめん!今、思いっきり靴...」

肩に触れられた手があって振り返れば、物凄く申し訳なさそうにしてる子が居た。
なるほど、ガムとかじゃなくて靴踏まれただけか。あ、そういえば今ので片方、靴脱げちゃってるや。良かった、変なもの踏んだわけじゃなくて。

「あ、大丈夫です」
「本当にごめんね。足とか痛めてない?」
「い、いえ。大丈夫です、よ」

.........すっごい美人さんだ。一際目立つ美人さんだ。

「本当に大丈夫?結構ボーッとしてるけど」
「あ、いや、物凄く綺麗だから見惚れて、て、あの...っ」

な、何言ってるんだろ私。これじゃ本当に挙動不審な挙句に変質者だよ。
けど、彼女はしばらく私を見てクスッと笑ってる...ってことは、えっと...変な人、くらいで済んだのかな?ってどのみち変な人には変わりないけど。いやいや、そんなのはいいや。とりあえず私大丈夫だし、それ伝えてもう少し前に行かなきゃ。試合、始まるかもしれないし。

「あの、とりあえず私大丈夫なんで...」
「でも次は転びそうだね。こっちにおいで」
「え?」

うわ、手も綺麗!指長い...って、よく分からないけど手引かれてる!で、どんどん前に進んでる!
す、凄いなあ。やっぱりオーラの差で前に進めるのかな?って、あれ?なんか微妙に視線痛い。視線痛いし...何か人も避けて、ない?.........美人は得するって言うけど本当だ。凄い、全然前に行けないと思ってたけど、もう結構中まで入れちゃってる。

「んーここまで来れば転ばないかな?」
「有難う御座います。本当に有難う御座います!」

にこりと微笑む美人さんに何度も何度もお礼を言う。
あのままだときっと中に入れなくて泣きながらお家に帰るところだった。それを救ってくれた彼女は女神様です。本当に感謝してもしきれない。このご恩は一生忘れません!

「いえいえ。本当は立海の子が居るところに連れて行ってあげてもいいけど試合があってね」
「と、とんでもないです!ここまで来たら彼も捜せますから!」

あ、よく見ればこの人ジャージ着てる...景吾さんを捜した後に試合の応援させてもらおう。
応援したところで何か効果があるとは思えないけど、それでも気持ちの問題だから精一杯応援しますから。と、心に誓っていれば物凄く驚いた表情で私の顔を眺めて、少し残念そうに溜め息を吐いた。

「なーんだ彼氏いたんだ」
「え?いや、彼氏、とかじゃないん、ですけど」
「でも捜したい彼が居る。それって立海の人?」

違います、立海だったら自分で何とか捜せるだろう...と思うけど。でも、これだけ広い会場だからなあ、捜せたかどうかは不明だ。

「他校なの?」

この人に聞いたら、ある程度の場所が把握出来るだろうか。
でも男子と女子じゃ場所とか違ったりするかもしれない...あ、だったら逆に聞いた方が良いかも!こっちは女子コートに近いかもしれないし!

「あ、あの、氷帝の跡部景吾さんを、捜してるんです」
「.........跡部を?君が?」

ぴくっ、と彼女の表情に変化が出た。物凄く嫌そうな、いや、何かのスイッチに触れたような。
え、どうしよう。折角親切にしてもらったけど何か悪いことを聞いたみたい。一気にふんわり雰囲気がギスギス雰囲気へと変わっちゃった。でも...何でだろ。人を、景吾さんを捜してるって話しただけなのに。あ、そうだ、景吾さんは有名な人だったんだっけ。私みたいなのが何故...ってとこかな?
いや、待てよ。もしかしたら、もしかするのかな。顎に手を当てて私をマジマジ眺めてるところを見ると、この勘は間違ってないのかもしれない。

「あの…もしかして、」
「ん?」
「景吾さんの、彼女さん…ですか?」


お腹を抱えて笑うっていうのはこういうことなのかもしれない。
私は恥ずかしくて顔すら上げれなくなったけど。


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