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あれから彼女を自宅付近の駅まで送って、最後は「有難う」という言葉と握手を交わしただけ。連絡先は聞かなかった。いや、聞けなかったというのが本音だ。それ以上はない。

同じ鉢を持った彼女と車に乗り込み、移動中に話したことはあまりにも他愛のないことばかり。
だが、何故かその他愛もない話題を途切れさせることなく互いに話し続けてた。だから、聞けなかった。踏み込めなかった。

.........不思議な体験をしたようにも思えた。
女特有だと思われていた黄色い声も猫なで声も、気持ち悪いほどに甘えた行動も嫉妬した行動も彼女にはなかった。むしろ、まるで自然体に溶け込んだもののようにただ傍に居て、煩わしくも邪魔にも思えなかった存在。自分で確認しなきゃ居なくなりそうな存在だったからこそ、敢えて俺は…最後まで手を繋ぎ続けたような気もする。



「あーとーべー」
「何だジロー」
「ね、シングルス1代わってー俺にやらせて?」

あの日から約数ヶ月が経つ。無理に忘れようとしたこともあったが止めた。
手元に残された月下美人が咲いた。その瞬間、全てを認識することが出来たから。

「ダメだ。今回はてめえの出番はねえ」
「ちぇっ、跡部嫌いー」
「嫌いで結構。その次のためのウォームでもしとけ」


――時間じゃないんだ。


さすが全国大会なだけあって入り乱れた制服、入り乱れた男女、飛び交う言葉ですら異色なものを感じた。
その中でひたすら一校だけの制服を捜して目で確認していく。当然、その中に俺の知った顔なんてない。ただ、向こうは俺を知っているらしく、聞きたくもない声が響いて完全に俺をイラつかせてくれるが。

「やあ、跡部」
「.........不二か」
「久しぶり。というより丁度良かった」
「何のことだ?」

入り乱れた集団から不意に出て来たのは不二で、相変わらずの態度で俺様の目の前に立つ。
丁度良かった、はいいが他の連中はどうした。手塚は?嫌味の一つくらい言ってやろうかと思ってんのに。

「僕さっき、久しぶりに女の子と間違われてね」
「で?」
「髪型の所為かな?なんて思ってたりするんだけど」
「知るかよ。それより手塚は――...」
「その子、跡部を捜してた。君の彼女かい?」

.........彼女なんか居ない。そんな煩わしい存在など必要ない。

「一応、危なっかしいから確保してるよ」
「悪いが俺につり合う女は...そういない」
「かもね。けど彼女は本物だよ。君のこと名前で呼んでた。しかも"さん"付けで」
「.........」
「そう。立海の制服を着た――...」

今度こそ、周りをしっかり見渡した。
立海の制服、不二が現れた方向、一人ずつを認識しては外して...まるで照合するかのように見た。


「ゆい!」


姿が見えず叫んだ。ある程度にまで響くように叫んだ。
その声に反応して出て来たのがあの日の彼女ならば...俺は告げなければいけないことがある。一つは月下美人が咲いたこと。もう一つは――...


「景吾さん!」


人の目を気にしつつ居たのは、確かにあの日の彼女。声も確かに届いた。
間違いがないと確信した瞬間にはすでに羽織ってたジャージを落としてそのまま走り出していた。一直線に、真っ直ぐに。不二が何か嫌味を言った気がしたが理解なんか出来なかった。ただ理解していることは、アイツが居るということだけ。


「ゆい」


目の前に居る彼女に、俺は告げなければいけないことがある。
一つは月下美人が咲いたこと。もう一つは――...時間なんか関係ない、忘れられなかったということ。

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