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館内に入れば大きく取られた天窓から差す光の中、シンプルな観葉植物が俺らを出迎えてくれた。
一見、建物に適当に植物でも飾られてるのかと思えば建物内に入れば一転。
内部に複数の温室が作られてどうやらそこに植物たちは居るらしかった。建物の中に温室とは...俺も好んでこんなとこには来ないからな。その発想と構造には驚かされた。植物好きならではってとこか?

「凄い...」
「売店の半分は植木屋、か?」
「あ、本当だ。帰りに買って帰らなきゃ」
「おいおい。もう帰りのことかよ」

気が早すぎだろ、と言えば「本当だね」と笑った彼女に、不覚にもドキッとした自分が居た。
戸惑うかドモるか俯くか...とにかく困った様子の彼女しかまだ見えてなくて、俺の顔すらちゃんと見てなかった彼女が向けた笑顔。笑えば、可愛いんじゃねえか。俯いてばっかじゃなくてそうやってりゃ一端に彼氏とかも出来そうなくらいに。

「.........景吾、さん?」

勿体無いと言えば勿体無いが、それもまた彼女だからしょうがないのかもしれない。
とか、こんなこと考えてるなんざ口にすることでもねえから言わないことにして。照れ隠しみたくただ空いてる手で彼女の頭を撫でた。

「記念に好きなもん買ってやっから。とりあえずどれかに入ってみようぜ」
「はい!」
「よし、イイ返事だ」

素直なのかゲンキンなのか、会ったばかりの頃の表情とは打って変わって明るくなりやがった。そんな姿もまた悪くはないもんで少し先を歩いた彼女の後を追って一つ目のブースを跨げば、そこはまるで別世界に見えた。

育てるための温室じゃない。見せるための温室。
一見、関連の無い草木が一面に置かれてるようにも見えたが違う。きちんと行き届いた手入れがされてる。当然と言えば当然かもしれないが、この見せ方は…向こうに住む祖母の庭園を思わせる。花好きの祖母のため、庭師が懸命に植え育てて見せた枯れることを知らない庭園そのものだ。

「.........凄いな」
「はい。迫力を感じます」
「一歩間違ったらジャングル化するぜ」

手を繋いだまま上をただ見上げる。一瞬は別空間に思えたが、やっぱり此処は温室に違いは無かった。
天井があって、大きなガラス張りの屋根から射す光で草木が育っている。何となくそう思えば...

「.........可哀想、かもな」
「え?」
「自然に育った方がもしかしたら何倍も活きたかもしれねえ」

根を張るには狭いだろうに。実を落とすには忍びないだろうに。それでも綺麗に揃えられた草木。近くにあった葉に触れれば造花ではない生花のぬくもり。不思議な感じと同時に、反対の手に不意に違和感を感じた。

「私も...半分だけ景吾さんと同意見です」
「ゆい」
「確かに窮屈かもしれません。だけど、もし私がこの植物だったなら幸せだと思います」
「何故だ?」
「手入れもちゃんとしてもらえて多くの人に見てもらえるからです」

.........なんだ、自分としての意見もきちんと持って言えるんじゃねえか。
何となく居るんじゃなくて流されてるんじゃなくて、大人しいだけで自分を持ってるんならもっと前に出りゃいいのに。少しだけ強く握られた手。同じくらいの力にして返してやりゃ、はにかんだように彼女は笑った。

「初めてです。植物が可哀想だなんて言った人」
「変わり者だって言いたいのか?」
「いいえ。優しい人なんだなーと思いました」

優しい、か。そんな風に女に言われたのは初めてかもしれない。
基本的に適当に付き合う程度でやり過ごして、付き合わせといて「冷たい」と言われるのが普通で、ごく当たり前で。ならその「冷たい」俺に合わせてみろよ、とか思うことが多かったのに...「優しい」は正反対の意見だ。

「どんどん見て回りましょう」

そう言って微笑む彼女に今度は俺が手を引かれて歩き始めてた。
「あの木は赤い実を付ける」とか「それを鳥が持っていく」とか「あの花は育てたことがある」とか...そんな下らないとしか思えない話に耳を傾けて、「これからはどの花を植えるつもりだ」とか逆に聞く自分。不思議な感覚がした。不思議とつられて笑う自分が居たんだ。




結構、長いこと草木を眺めて、間に設置されたテラスでお茶して。気付けば時間は流れた。
最初の約束通り、記念になるようなものを見て回ってる途中にふと一つの鉢を彼女が眺めているのに気付いた。

「.........月下美人?」

鉢の傍に書かれていた名を読めばピクリと彼女が反応した。
重く垂れ下がった蕾を付けた月下美人。これからの時期に咲くような花なのか?

「あ...これ、サボテンの仲間です」
「いくら無知でもそれくらいは知ってるぜ。で、気になるのか?」
「これからの時期、夜中にしか咲かないから...見てみたいとは思ってます」

なら決定じゃねえか。決断力に欠けてもいいことはねえ。

「買うぞ」
「え?でもこれ結構...」
「金は俺が出す。帰りは車だ。問題ない」
「え?いや、お金は...っ」
「記念に好きなもん買ってやる、そう言っただろ?」

いくら何と言われようとも約束を互い違えるようなことはしない。これが根底にある。それを彼女に敢えて言うつもりもないが、だからと言って根底を覆すこともしない。
とりあえず動揺する彼女をさておき、その辺に居た店員捕まえて月下美人を指させば鉢が一つ、袋に詰められた。

「あの、景吾さん、」
「いいから、黙っとけ」
「でも...」
「最初で最後の記念品だ。大人しくもらえ」

次に会うことはない、と言い聞かすような言葉。自分で吐いときながら自分が驚いた。
そう、これはゲーム。半日前まではお互い知らない者同士で最初、彼女は友人に騙されて此処に来ていた。怯えてたのを連れ出して、馴染むまでに時間が掛かって、少しだけ前進した頃には時間がやって来る。終わりの、時間。

「だったら、」
「何だ?」
「私も買います。景吾さんへ」
「.........は?」

彼女はそれだけ言うと同じ店員に声を掛けて月下美人を指差す。隣にあったもの、同じように袋に詰められた。
あまりに突然で口も手も挟めず出せず、鉢は二つになった。中身は同じ、月下美人。

「最初で最後の記念品です。大人しくもらって下さい」


言葉が出なかった。
今までに軽く適当にでも言えた礼の言葉が、この時初めて出なかったんだ。



―――PM 7:30


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