「......来たか」
「え?」
目の前に横付けされた車は登下校用に使用しているものではなく、単に飾り程度で持ち合わせてるロールスロイス。バッテリーが上がらない程度に使用しているだけの車だ。運がいい。余計なものが何も無いから彼女も気軽に乗り込めるだろう。
そう考えていたのだが...ふと気付けば彼女はさっきまで居た位置から数歩後退していた。
「オイ」
答えは、ない。
「オイ、何後退りしてやがる」
「だ、だっ、何っ」
「ロールスロイス...ファントムだが?」
「そ、そうじゃなくて!」
「いいから乗れよ」
予想以上のリアクション。
どもったり声を荒立てたりする彼女に少し笑えたが、待てど暮らせど車に乗り込もうとする気配は無い。何を驚くことがあるだろうか。確かに予定通りに車が来て驚くのは分かるが、そこまで驚いて退いていく理由が分からねえ。目の前に来たのは単なる回送車みてえなもんで価格だって妥当な代物...まあ、外国製ではあるんだが持ってるヤツは持ってるもの。
「このままじゃ陽が暮れちまうぜ」
「おわっ」
何に恐縮してんのか分からない彼女の手を取って前に一歩進めば間抜けな声と共に体が付いて来たから車内へ押し込んで。俺も乗り込んだ後に「適当な植物園へ」と告げたら車は発進して...彼女はまた固まった。目を丸くしたまま。
「俺は勝手にゆいって呼ぶ。お前も景吾って呼べ」
「は、はい」
ガチガチに緊張しながら「景吾、さん?」と呼んだ彼女。
別に同級生だから「さん」だとか付けなくても構わねえのに...とは思ったが、この様子だと呼び捨てるなんざ無理だろうよ。
観察がてらジッと彼女を見つめてりゃまだ体は小刻みに揺れてて逆にこっちが緊張しちまう。知らねえヤツだから、緊張するんだろうか。基本的に知らねえヤツと会話すんのに慣れてる俺にはその感覚が分からねえ。
「お前、人見知りするタイプか?」
「はっ、はい...」
「ついでに。男と会話出来ないタイプか?」
「あ、あの、必要以上には...」
そうかよ。それなのによくこんなゲーム参加したよな?と言いたかったが、それを口にしたら「何しに来た?」と言ってるようなもの。そんな言葉で彼女を追い詰めたところで余計に緊張するか、泣きそうな顔をされるか...この場で逃げられても困る。
「随分、勇気出してゲームに参加もんだな」
「あ、あの...実は」
「何だ?」
「相手、女の子だって、聞いてたん、です」
「.........はあ?」
オイ待て。最初に声を掛けて来たのは確か、コイツからだったよな?背後から消えそうな声で「あの…」って言ったのは間違いない、彼女からだったはず。
「ご、ごめんなさい。私、てっきり、後ろ姿、女性だと」
「.........思ったのか?」
「思い、ました。綺麗、だったから。それに、本も...」
.........昔はよく間違われた。
「金出すからヤラせろ」とか言うヤツ、下心丸出しで「デートしよう」とか言うヤツ、いきなし体に触って来たヤツ、全部男だった。その度に全力でブン殴ってくりゃ自然と間違われないようになって来たんだが、そうか、まだ見間違うヤツもいたか。
後ろ姿、か。こんな肩幅の女なんざいねえだろ、と言ってやろうかと思ったんだがいなくもない事実もあるわけで...変なカンジだな。褒められてるのか貶されているのか、綺麗だって言うんなら褒められてるんだろうが素直には受け取れねえ。
「悪かったな。俺はれっきとした男だ」
「……はい」
「ま、騙されたとはいえ相手が俺だったことには感謝するんだな」
「え?」
「不純なことは一切しない。神に誓って、だ」
とは言っても神なんざ信じてねえけど。
彼女は少しぽかーんとした表情で俺を見ていて、しばらくすると起動スイッチが入ったのかまた少し俯いた。
だが、震えは止まったらしかった。膝元で握られた拳は相変わらずだったが、それでも震えちゃないなら少しはマシになったんだろうか。
移動中の車の景色を合間合間に見る彼女は落ち着きのない子供のように見える。
この間に会話はない。話すことも出来るんだが取り立ててする必要もない気がした。随分と静かな時間が流れて不思議と落ち着く自分がいるから。
普段の生活の中で一人でも女が混じろうもんなら不愉快な思いをすることの方が多いのだが、時には別格もいるもんだ。
落ち着きを感じたり、逆にこっちの方が気を遣っちまう女、か。
珍しいもんだとマジマジと観察すれば視線に気付かれ、またつむじを見るハメになった。
無理やりに顔を上げさせるべきなのか、だが、泣かれても困る。そんなことを考える俺に、自分自身でも少し驚いていた。
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