Necessary
一言で言えば俺様は短気だ。短気も短気。
だからこそ、こんなクソ目立つ場所に1分1秒と居たくねえ。そう思いながらイライラすること1分。此処に来るまでの間、もう何人も俺に声を掛けて来て...余計に俺に苛立ちを与えた。
待ち合わせ時間は九時ジャスト。
待ち合わせ場所は駅内にある定番スポット。
どう考えても目立つじゃねえか!って話で。
事の始まりは山吹の千石清純。アイツが急に掛けて来た一本の電話。
ジュニア選抜の時に世話してやっただけで随分と馴れ馴れしくも連絡なんか寄越しやがって、と、当然思うだけじゃなく口にしたんだが。その時に余計な言葉を交えながらも告げられたのが、今回のこのゲームと来た。
「.........他を当たれ」
『えー?結構当たったんだよ?そしたらさー全然。皆参加してるんだもーん』
「はあ?んな下らねえゲームにかよ」
『そー。驚いたのがさ手塚くんと真田くん。何気に参加しちゃって彼女ゲットだってさー』
「なっ」
『凄いっしょ?あの二人が参加するなんて青天の霹靂だね』
手塚、真田...流石に驚いた。有り得ないだろ、揃いも揃った堅物野郎が女とデートする下らねえゲームに参加した?理由はそれだけで十分だった。
とりあえず千石にオーケーを出せば無意味なルールの説明をされて、よく分からん実行プラン?なるものの説明も聞いた。で、準備するものも準備して待ってりゃこの有様だ。関係ねえヤツらがどんどん押し寄せては俺様が蹴散らすっつーのの繰り返し。
「.........あの」
そう、こんな風に声を掛けられること数十回。
とにかくイライラする。んな場所とか本気で勘弁だと思ってた矢先にまた声を掛けられたもんだから八つ当たりした。声を荒立てて八つ当たり...明らかに八つ当たりをして、瞬時に後悔した。
「ご、ごめんなさい!」
心臓が跳ねた瞬間、どんな爆音より耳に響いたと思う。
俺の目の前には風がふわりと運んで来たかのような花があった。今にも泣きそうな顔してて、今にも逃げ出しそうな様子で。手にしていたものは俺と同じ雑誌。八つ当たりする前に確認すれば良かった、と何か分からねえけど後悔した。
「ちょっと待て!」
「い、いえ、人違いで...っ」
「人違いじゃねえだろ!コレだろコレ!」
「い、いえ、それでも人違い...でっ」
待てよ!物的証拠があるってのに人違いもクソもあるかよ!
大体、お互いの確認とはいえ相当コアな雑誌片手に居たっつーこと自体、相手がお前だって言ってるようなもんなんだよ。ついでに言えば、お前の相手が俺だって分かって声掛けたんだろうが。それを今更人違いとか...吹いてんじゃねえぞ!
「人違いで同じ雑誌持ってるってのかオイ!」
「も、持ってる人も、いるんです!」
「ネイチャーだぞネイチャー!総合学術雑誌だぞ!」
ネイチャーは世界で最も権威のある総合学術雑誌のひとつ。
天文学者ノーマン・ロッキャーによって創刊 (by ウィキペディア)。んなもん俺らが読むようなもんかよ!内容読んでも一つも納得出来ねえ内容だったろうが!有り得ねえんだよ!
速攻で逃げ出し始めた女...まだ名前も聞いてなかったな、とにかくソイツの腕をどうにか捕まえて立ち止まらせて表向かせる。怯えてんのか、びくびく腕が震えてて俯いたまま。一瞬、声にもならないような悲鳴を上げやがったけどそれは置いといて。
「俺が人違いじゃねえって言ってるだろ!」
.........いつもの口調、叫んだらまた肩が揺れた。掴んだ腕が更に震え始めた。
んだよ、どうすりゃコイツ逃げないのか、とか考えてる自分がいる。貴重な休日、下らねえことで潰されてんのに。ジッと俯いた女を眺めてもつむじしか見えなくて、空いた手で顔を持ち上げてみれば...やっぱ泣きそうな顔してんの。目が訴えてる「この人怖い」って。唇までガチガチ震えてるのが分かるくらいに怯えてやがる。俺は...変に心拍数、上がってんのに。
「......別に取って食おうとか思っちゃねえよ」
「......」
「お前...そういうので待ち合わせてんだよな?」
念のための確認。俺がそう聞いたならば女は怯えながらも一応頷いた。いや、もうあの雑誌持ってた時点で再確認する必要性なんざねえんだけど、ここは一応しとかねえとコイツも納得しそうになくて。
「時間まで…付き合えよ」
そう、時間制限付きのただのゲームなんだ。別に早く切り上げてもいいらしいんだけどな。
但し次の人間に回さないといけない、次のルールを作り出さないといけない。それが終わらない以上は...簡単に帰せねえんだよ。
こっちの気持ちも意図も分からないらしい女は何も返事をしなかった。ただ、戸惑ったままに視線を揺らすだけ。周囲が騒がしい。こんな場所じゃ話も出来そうになくて、とりあえず握った小さな手を引く。此処から離脱するために。
―――PM 1:15
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