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Necessary

もう二度と会うことはないだろう、そう思っていた。
だって僕は何も知らなくて何も聞かなくて...知りたいと思う心と聞きたいと思う衝動を抑えてしまったから。

君は深い悲しみを抱えていたように見えた。
深いところであの場所に居たことを悔いていたように見えた。だから...聞けなかった。そのことに後悔はしていなかったし、後悔はしないとあの日も思っていた。だけど...君は再び僕の前に現れた。


「.........ゆい、ちゃん」
「ふ、不二くん…」


あの日吐いた暴言を僕は謝まれなかった。
あんなに泣いた彼女を目の前に僕は、自分の吐いた言葉の責任を取ることなくただ...抱き締めて唇を寄せていた。本当は僕が口を挟む必要なんかなくて、彼女とその周りを取り巻く人のみの問題であったはずなのに、分かっていたのに。

「悪趣味だねゆいちゃんって」
「自分だって同じことしてるのに棚に上げるつもり?」
「君もハッキリ言うといいよ。むしろ縁を切るといい」

第三者でありながら、まるで昨日のことのように思い出された自分の記憶と重ねて...僕が引き金になった。それを彼女が望んでいたのか、そんなことも考えなしに僕が、あの日、何も知らない彼女の位置を壊したんだ。


――後悔したとするならば、僕の手で壊してしまった君の位置。


「ふ、不二、くん!」

裕太が行き付けてるっていうお店で君を見つけた時、色んなものが込み上げて来た。
ちょっかい掛けようと思って見つけ出した裕太も、彼女と共に来たルドルフの女の子もお構いなしに君を連れ出した。行くアテもないのに、何処に連れて行こうとしているのかも分からないのに、ただ手を引いて歩く自分。

闇雲に歩いているのかと思えば...どうしてだろう、無意識に辿り着いた場所は、あの日何も言わず別れた公園だった。

「ちょっ、不二くんってば!」
「.........ごめん、つい」

何を急いだのか分からないほどのスピード。彼女は苦しそうに呼吸をしていることに気付く。
制服姿の君、全く想像も付かなかった...だからかな、今目の前にいることに僕はまだ驚いてる。

無理矢理に握った手をゆっくり離せば、彼女は少し前屈みになって大きく息を吐いていた。しんどかった、と言わんばかりに。

「あの、久しぶり、だね」
「.........うん。元気に、してたかい?」
「うん。不二くんは?」

僕からの何気ない問い掛けに彼女は答えて、彼女からの問い掛けに僕は...詰まった。
いつも通りに学校へ行って、何気なく生活してた。笑って、時には英二とかと遊びにも行って、テニスもした。授業も真面目に受けていたし、何ら変わりのない生活をして、それ以上に何もない変わらない時間を過ごしていた。

「.........かった、よ」
「え?」

何も変わらない時間、何も変わったことのない時間。

「君に、会いたかった、よ」

どうして彼女が浮かんだんだろう。儚く浮かんだ君の顔は悲しそうなものだった。
今にも泣きそうな顔ばかり浮かんで、あの日の出来事が頭を何度も駆け巡って、ぺたりと付箋紙が付いてた。だから何度も何度も君の顔がチラついて、あの日のことを思い出して...後悔してなかったのに、会いたかったんだ、君に。

「会いたかった」

どうやっても消えなかったんだ。どうやっても泣き顔しか思い出せなくて、必死になってページをめくっても...笑顔が見つからなかった。僕が壊したから。勝手な言動で君を壊してしまった気がして、それだけが後悔の念として残ってて。

会えたら聞ける、会えたら分かる、会えたら見れる...
君の笑顔。悔いた自分が囁いてた。何も変わらない時間の中で。

「あの、私...不二くんに感謝してるんだ」
「.........え?」
「色々吹っ切れたんだ。お陰でアイツに溜め息も吐けるようになったよ」

アイツ...ああ、あの男ね。
もう顔も名前も思い出せないけど、彼女を悲しませてた張本人。

「私は全てから解放された。凄く気分がいいんだ」

僕が見つめた彼女は、溢れんばかりに微笑んで「不二くんのお陰だよ」「有難う」そう告げた。その途端、理由もなく意味もなく込み上げて来た感情が...一筋の涙となった。僕の頬をゆっくり伝ってく。

どうして、悲しいことがあったわけでもないのに。
僕に何かがあったわけでもないのに、静かにゆっくりと流れていくんだ。
君は笑って、僕は泣いて。こんなに矛盾した状態なんて、変に決まってるのに。

「有難う。私も、会いたかったよ」

ふわりと、彼女の香りがした。抱き締められてるって気付くのにそう時間は掛からなくて。
こんな風に僕を包み込んでくれる存在、今までに居なくて戸惑って、だけど僕も彼女に手を回してた。


「気に、しててくれて有難う」
それは...何かが違うよ。そう思ったから首を横に振った。小さく、情けなく首を振るだけの僕は人形、だね。

「本当に吹っ切れたから…」
本当に?そう聞きたいのに...今の僕は言葉を失った人魚姫みたい。そう言ったら君は笑ってくれるかい?

「だから笑えるようになったよ」
そうだね、ようやく僕の頭の中で君が切り替わっていったよ。泣き顔から笑顔へ...付箋紙が剥がれていく、よ。


「.........ふーじくん?」


ねえ、僕はこの言葉を口にしてもいいだろうか。そんな資格があるとは思えないけど、いいだろうか。
君が包み込んでくれた腕の中、顔を上げれば...照れたように笑う君が映る。

「君に...」
「ん?」
「君に...恋しても、いい、かい?」

あの日の君に同情したから湧いて来た感情なんかじゃないよ。
あの日、君と同じ傷を舐め合ったから浮上した気持ちでもないんだよ。
僕が...寂しくてすがりたいわけでもないし、そんな不愉快な感情だけで告げてるわけじゃないんだ。

相手を理解しようと必死になっていた君、僕に申し訳無さそうに俯いてた君、あの日の君、全てが愛おしく思えたんだ。心に深く刻まれるくらい、あっさりと僕の心を侵略するくらいに――...

「私が、恋したいよ、不二くんと」


伝う涙を拭う君が断ち切ってくれたのは、僕の中に残されていた罪悪感。
強く抱き締めれば抱き返してくれる、情けない僕の顔を見て微笑んでくれる温かな人。
まだ互い何も知らないけど、素性をよく知らない二人だけど、分かっていることは何よりも先に触れることが出来た感情の在り方。
知らなかったから、何も知らないから飾らずに表に出せた本当の自分。


「ねえ、不二くん」
「何?」
「大事な出会いにしたいね」
「大事な恋愛に、なるんだよ。これから先――…」


まず知ることから始めようか。名前以外のこと、これから先に必要な、お互いのこと。



―――After that.

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