それは誕生日直前、ほんの数時間前のこと。
「ねえ、何が欲しい?」と、悩んだ挙句に敢えて彼に聞いてみた。
ほしいもの。
天真爛漫、女心を知らない国光は普通に「参考書?」と言った。
当然だけど私も「参考書?」と聞き返すしかなくて、それに答えるためか国光は「参考書」と今度は疑問符なしに告げられた。
話によれば今読んでいる洋書の一部がラテン語だか何だかで書かれている文章があるとかで、
別に訳はあるから読めなくもないけど自分で訳してみたいという欲求に駆られているとかいう理由で欲しいらしい。
じゃあそれは参考書じゃなくて辞書では?と思ったけど、どのみち面白くないお話で。
折角、可愛い彼女が「プレゼントあげるよー」って言ってるんだからそんな色気もクソもない物頼むなよ、が本音。
それが国光らしいと言えばらしいのかもしれないけど…やっぱり何かつまんない。
……要は、私が我儘なんだと思う。
「見つけて来たよー」
「……とりあえず上がれ」
国光と別れた後、とりあえず本屋を数件ほど回ってみた。
小さな店にはラテン語の"ラ"の字もなくて大きな店まで足を運んでそれでもなくて、
結局はマニアックなものを置いてありそうな怪しげな古本屋まで足を伸ばしていた。そして見つけた。
「本当は新品を渡したかったんだけど古本屋にしかなくて…ごめんね」
「それは構わない。有難う。だがな、」
「あ、面白そうな洋書も薦められて買って来たよ」
「……話を聞け」
何となく、国光が怒っているのは感じていた。
別に明日が誕生日なわけだからこんな時間にわざわざ持って来なくてもいいだろう?と言いたげだし、
もっと言えば、こんな遅くまでそんな本を捜しに行かせるために欲しい物を教えたわけでもない、とも言いたげ。
付き合い長いんだもの、分かってる。だけど、そんな説教を聞きたいわけじゃない。
「怒ってるね」
「ああ」
「こんな時間までほっつき歩いたから」
「そうだ。理由はどうであれな」
部屋に二人で佇んで話すには少し重い空気が流れ始めていた。
怒る国光と引かない私では平行線だ。いつも、なら。
「……ごめん、帰るね」
でも今日はいつもみたいに言い合いをするような元気はもう残っていなくて、何か、ボロボロだ。
痛いような切ないような泣きたいような笑いたいような…矛盾した感情が一斉に押し上げて来て震えそうになる。
言葉も出ない。何か、変だ。何か、ボロボロだ。
「送ろう」
「いい」
「危ないだろう、送る」
「いいってば」
「良くない」
「一人で帰れる」
「ダメだ」
「……放っといて」
何かが面白くなくて何かが悔しくて何かが悲しくて切ない気持ち。
黙って帰らせてくれれば今頃道端で叫んでいただろうに…それが出来なくて、涙が、出た。
本当に、私は我儘なんだと思う。
「何が欲しい?」と聞いた時、他の人とは違う返事が欲しかった、だなんて。
不二に言った「万年筆用のインク」だとか乾に言った「使いやすい手帳」だとか、その類の返事でないものが欲しかった、とか。
"彼女"なのに"仲間"と同じが嫌だなんて、どうして思ってしまったんだろう。
「大丈夫、ちゃんと一人で帰れるし…帰ったら連絡するよ」
「……ダメだ」
「本当に、大丈夫。走って、帰るし」
「帰さない」
「近いし、街灯も点いてるから…」
「帰さないと言ってる」
真上からする声がどんどん苛立ちにも似た怒気を含むものになっていても引き下がれない。
俯いた顔を上げればきっと怖い顔が見える。俯いた顔を上げれば、私のどうしようもない顔も見られる。
「……ごめん」
「許さない」
「許さなくていい。とにかく帰る」
「帰さないと言ってる」
「……だったら、」
どうしろと?と言う前に潰された体。
思いっきり抱き締められてるという認識をするまでに数秒。
「帰さないと言ってる」
この言葉の意味を認識するまでに数秒。
「お前の強がりが…いつだって最後の砦を壊す」
「……?」
「お前が、悪いんだ」
と、耳元で響く声が少しだけ優しく変わったけど、それでも少し怒ってる国光。
ごめんなさいと言っても許さないと言われ、許さなくていいと言えばゴツゴツした指先が触れてキスが降りて来る。
「プレゼント、貰い過ぎることになるな」
「……うん」
「三倍にして返そう」
女心を知らない国光。
だけど、同じくらい男心を知らない私がいた。
Let's congratulate it by the best!
戻 | 2011.09.19. Raisa
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