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行く先が決まらないままにアテもなく私たちはただ歩いていた。
何も提案が出来なくて謝罪すれば彼はただ笑ってくれた。「僕もこんな風に女の子と歩かなかったから...どうしていいか分からないんだ」と言って。それが本当かは分からないけど...けど気付いた。私を歩道側に優先したり、歩調が違うのに気付いてゆっくり歩いてくれたり、彼は自然にそうしていた。少なくとも隣を歩いていた女子が居た証拠だと思った。聞く必要はないけど。

私は常に後ろを歩いていた。
隣を歩くでもなく、ただ後ろに付いて必死に歩いていたことを思い出す。
歩調が合わないのは最初から分かっていたことで、だから必死に追いかけるけど...それでも追いつくことは無かった。何度言われただろうか。「お前、足遅いのな」と。その度に私は俯いて、「ごめんなさい」と言った。

性格の問題、考え方の問題...だと思いたい。俯いて不二くんの横を歩いて、必死になってまた言い訳を探してる自分。本当は...気付いてることもあるけど、今はまだ蓋をして居たくて、気付かないフリをして居たくて――...

「ねえ、向こうに公園があるんだ」

俯いて歩いていたら、急に話を持ち掛けて来た不二くん。微笑みは…消えてない。
会話も弾まない子を相手に笑っていられるとか凄いと思う。だったらもっと…なんて思うだけで出来ないけど。

「公園?」
「そう。小さいけど池もあって今は見れないけど紅葉が綺麗なんだ」
「不二くんのオススメ?」
「勿論。行ってみない?」

断る理由もないし行く場所もないから頷けば、彼はゆっくりと手を差し伸べてた。
何を言うわけでもなく真っ直ぐ伸ばされた手。その手を取っていいのか悪いのか...悩んだ挙句に手を伸ばしてた。手を繋ぐとか最後にしたのはいつだっただろうか。温かい。そして意外に大きな手。

「断られたらどうしようかと思ったよ」
「.........ちょっと迷ったけど」
「けど?」
「いいかなって思って」

私は戸惑ったけど...脳裏に残る彼は違う。
彼はいつだって触れることに躊躇はなくて、それは...友達だからって言ってた。それを理解出来ずに...今だって理解出来ない私は、ただ理解したくて、分かりたくて、手を取った。そんなことは言えないけど、言う必要もないけど、だけど...温かく触れられた彼の手は心地良いと思った。

「.........素直な子」
「え?」
「隠し事とか出来ないタイプでしょ?」
「.........どうだろう」
「少なくとも僕には隠し事は無理だね。何となく見えるものがあるもの」

見えるもの、見えるものって何だろう。
それを聞こうと彼を見たけど、どうも答えてくれる様子もないから聞かなかった。
手を繋いで歩くから少しだけ歩調が速くなった気がする。少しだけ私の方が後方になった気がする。だけど、それは追いつけないほどのものじゃなくて、無理矢理とかそういうのでもなくて。どうしてだろう。嫌じゃない。
手を引かれて歩くのは好きじゃなかった。小さな頃によくそうされて、よく転びそうになって、それから嫌になってた。歩幅が違うんだよ、そう言えずに居た私が悪いと言われたけど...それでも言えなかったことを思い出す。

.........思い出す。この人と歩いているだけなのに、色んなことを思い出す。

「僕ね、趣味が写真を撮ることなんだ」
「写真?」
「だからね、人がよく見えるんだ」

写真は瞬間的なものを在りのまま映し出すもの。それを撮る人間にはその前後が見えて「何か」を捕らえることが出来る。その「何か」には感情だったり思いだったり...沢山のものが紛れている。だから撮りたくなるし捕らえたくなる。

彼は静かに話してくれた。
話してくれたかと思えば、持っていたカバンの中から高級そうなカメラの姿を覗かせた。「被写体になる気は...ないよね」と聞かれたからそれは丁重にお断りして、徐々に近づいてくる公園の方向を見た。

辿り着いたのは本当に小さな公園だった。
だけど綺麗に敷かれた芝は青々としていて、駆け回る子供たちを見つけた。
傍には確かに池があって、そのまた近くには小さな滑り台とオンボロのブランコがある。何処か周囲に取り残されたような空間だけど懐かしさのある場所。うん。不二くんって趣味がいいみたい。

「どう?小さいけどイイでしょ?」
「うん。何か懐かしいカンジ」
「でしょ?珍しいよね、周囲はこんなに新しくなっていくのにさ」

どんどん新しいものが普及して、どんどん新しいものに変わっていく街。気付けばあったものがなくて、ないものがあって。そんな風に進化していく街並みに気付かない時もあって...だけど此処だけは少し違って懐かしくて落ち着く。

「僕のホッとする場所、気に入ってくれた?」
「うん。不二くんセンス良いよ」

複数の子供たちとその母親と、心地良い笑い声が響く空間の中に紛れ込んだ私たち。
自然に、溶け込んでいる。懐かしさを感じさせるこの場所は誰も拒否せずにあるんだって思った。

「ようやく、」
「え?」
「打ち解けてくれたみたいだね。笑ってくれたから」

手はまだ握られたままだった。少し不二くんが力を入れたから気付いた。あまりにも馴染みすぎてて忘れてた。まだ握られたままだったんだ、と。
彼が笑ってくれたから、私も笑い返した。それでも無くならない罪悪感を抱えたまま。


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