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Necessary

彼女は楽しそうに笑っている。本当に楽しそうに、笑っている。
俺とは毛色の違う人種で関わることもないような女性だと客観的には思う。だが、彼女はそんな客観的なものを吹き飛ばすくらいに真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ突っ走る。見ていて気持ちが良いほどに...だからこそ、不思議な子だと思う。



「真田くん」

振り返った先には何度か廊下で見掛けたことのある女子。
確か一度だけ委員会が同じだったような...その程度の面識がない気がするがこうして話し掛けられる理由が見当たらない。だが何だろうか...変な違和感を覚える。

目の前の彼女は嬉しそうに微笑んでいる、ようにも思えた。
眉間にシワを寄せたり、何処かぎこちなく話し掛けてくる女子は多いのだが...何だこの妙な感じは、違和感は何だろうか。

「突然呼び止めてごめんね。今平気かな?」
「あ、ああ...」

目の前にいる女子と俺の関係をもう一度懸命模索してみるが、特に接点という接点がない。
しかし、わざわざ俺に声を掛けて来るとなっては何らかのことがあるに違いはない。そうでなければ進んで声を掛けたくなるような男ではない、と自分自身も自覚はしている。失礼を承知で違和感の原因を探るべく彼女の顔をマジマジと眺めた。

「あ、あの、あまり凝視されるとちょっと...」

.........見過ぎてしまった。

「す、すまない」
「えっと...」
「な、何用だろうか」

言葉に詰まる。それは双方共に詰まってしまっていて全くもって会話が成立していないような。
だが、先に意を決したかのように頷き、口を開いたのは彼女の方だった。

「ゆいが迷惑掛けてるみたい、で」

.........ああ、そうか。成程、な。
だから俺は蓮二から勘が悪いだとか鈍いだとか、そのような言葉を投げ付けられるのか。

「志月…?」
「あ、はい。私、ゆいの姉になるんだけど、」
「あ、ああ...」

すまない、と謝れば彼女は特に気にした様子もなく首を振った。
違和感があるはずだ。言われて気付く。何処となく目の前の彼女と...彼女が重なって見えていたのだから。

「物怖じしない子だとは思ってたけど...その、」
「.........確かに。臆しないだろうな」
「はい...真田くん相手に突っ込むなんて私にも予測出来なかった」

そんなこと...俺にも予測出来なかった。
初めて出会った時はまっさらの状態。互いが互いを知らずにあの日、同じ時間を過ごしただけ。その間に色々と知ることにはなかったが少なくとも先で交わるようなことはないと思っていた。

だが偶然にも彼女は此処へやって来た。此処へやって来ておそらく先に驚いただろう。そして、様々な情報を得た上で此処でも突っ込んで来たと思われる。いや、下手したら得られた情報をよく吟味することもなく突っ込んで来たのかもしれない。彼女は、そういうタチだから。

「知らぬが仏、というやつだろう」
「.........意外。真田くんってそんな面白いこと言える人だったんだ」

くすくす笑う彼女を目の前に俺はただ首を傾げる。何が面白い、と。
どうも俺の周りに存在する女子は俺に対して偏見を持っているようだ。確かに俺は人より柔軟性が欠落していて物事を堅く考えてしまう節はあると思う。自覚はしているが人が思うほど可笑しな存在ではない。まあ、変わり者ではあるかもしれないが。

「.........有難うね。真田くん」
「何の礼だ?」
「ゆいのこと、支えてくれて」

.........彼女が手引きしたんだったな。
気晴らしにとあの日、ゆいを家から見送ったのは彼女だった。何か変わるように、何か違ったものが見えるように、と。

「俺は何もしてない。彼女が自分で動き出したんだ」
「それでも真田くんに会ったことでゆいは変わったみたい。だから有難う」

礼を言われるようなことは何一つしてないが頷いておく。
あの日の俺は聞くことしか出来ず、何も言えないままに時間が勝手に過ぎていただけ。ただ相槌を打つだけのやり取りしか出来ずに歯痒く情けない時を過ごしただけ。それでも彼女の支えになれた、そういうことなのだろうか。そう思っても良い、ということだろうか。

「俺の方こそ、」
「え?」
「ゆいに会えたことで自分自身の――…」


「新たな一面を見つけることが出来た」と続けるつもりだった。


「弦ちゃん見ーつけた!」
「ゆい!」
「あ、お姉ちゃん」

物凄い勢いで何かが突進して来たかと思えば...腕、だろうか。思いっきり鳩尾に入った。
普段ならば避けれるはずなのだが、丁度良い具合に話し中で彼女の影で何も見えなくて思いっきり鳩尾に入った。その鳩尾に腕か何かを入れて来たゆいはといえば...特に気にした様子もなく姉と話し始めている。

「ゆい......突進は止めておけ」
「あ、そういえばぶつかっちゃったね。ごめんごめん。つい」

笑っていた。とても楽しそうに、偽ることなどない笑顔を振り撒いてそこにいた。
今、彼女は何も後悔することなく学校生活を送っているのだろう。様々な人に囲まれて楽しく過ごしているのだろう。前の学校であったことを忘れてはいないだろうが...それでも全てを乗り越え、色々なものを跳ね除け、だから笑っているのだろう。

「じゃ、私は教室に戻るから」

きっとそうだろうと思う。そうでなければいけない気がする。

「真田くんに迫りすぎて嫌われないようにね」
「あー分かってないな、お姉ちゃんは」

どうしてだろうか。そんなことを考える自分に驚く。
今までこんなこと考えたこともなかったのに。

「弦ちゃんは押しに弱くて、押されると断れない人なんだよ」

.........
そこで「ねー」と聞かれても困るが、それもあながち間違いではない気はする。
この場合、どう返事すべきなんだろうか。どんな対応をしておけば無難というものだろうか。

.........こんな時に限って蓮二も仁王もいない。
いや、居ても困るのだが、こう、対応が出来なかった。


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