#05
店を出て歩く帰路。こうして肩を並べて歩くことはあの頃はなかった。
「本当に楽しかったね」
「ええ。やはり昔と変わらない」
「うん。そうだね。ぜーんぜん変わらない」
人としては変わらないけど生きている道はそれぞれに。
「来て良かったですよ」
「うん。また集まりたいよね」
「赤澤にそう言っておきますよ」
だからこそ、僕はあの頃の心残りを告げなければいけない。
「君にも会えて良かった」
「え?」
「僕ね、あの頃、君が好きだったんです。でも言えないまま10年が経ちました」
「バイバイ」と手を振った君に「また会いましょう」と言った僕。あれから10年の年月は長くて短い。
「別に未練はないのでご安心を。ただ、言えなかった心残りがあったんです。ずっと」
その間に君は君の道を進んだ。僕は僕で別の道を進んだ。同じ道を歩きたいと思っているわけじゃない。
「僕は嫌でも田舎に帰る身でした。だから言おうかどうか悩みました。言ったところで意味がない...そう考えるようにして黙って田舎へ帰ったことを後悔した日もありました。だからずっと心残りだったんです。あの日、言えなかったこと」
あの日、告げていたら未来は違ったかもしれない...なんて子供染みたことは思っていない。
言わなかったからこそ、こうして普通に肩を並べて歩ける。気まずくもない。避けることもない。
「本当に、君にはいい思い出を貰いました。有難う」
今となっては感謝しかない。あの頃、僕は幸せでした。
「.........有難うはこっちの台詞だよ」
歩きながら彼女はこちらを向いて笑った。
「私もさ、あの頃、観月くんが好きだったんだよ。ビックリ今更両想い!」
「そうなんですか?」
そう、これは今更の話。
「うん。だけどさ、私も同じ。向こうへ行くと分かってて言えなかった。邪魔だけはしない!で意固地になったら言えなかった。私も後悔する日があったけど...思い出。とっても大事な思い出になった」
今更だから時効で、今更だから話せること。
「両想いだったとは驚きですね」
「うん。全然気付かなかった」
「僕もです。隠すのが上手でしたね」
「それはお互い様じゃない?」
「かもしれませんね」
とても大事な思い出話、とても大事な昔話。
あの頃と変わらぬ会話のまま、今更の話がどんどん出て来る。彼女が知らなかった僕の感情、僕が知らなかった彼女の感情。笑いながら、それでも後悔することもなく話していく。あの時こうしていれば...という言葉はお互いにない。
彼女の旦那が待つ駅まであと少し。
僕が見送ることで問題はないか気になったが、彼女は笑って問題が起きることはないと断言した。お互いが全てを信頼している、と。そして、僕のことも信頼しているそうだ。その答えにはただただ笑った。
「全てがうまくいっているようで良かった」
「うん。あ、でも子育てはなかなか難しいよ」
「それはそうでしょう。君の子供だから落ち着きはないでしょう」
「そう!それなんだよ」
「.........今のは嫌味なんですが」
くすくす笑いながら歩く道。あと少しのところで子供を抱えた男性の姿が見えた。
僕たちに気付き、男性は頭を下げた。彼がどうやら彼女の旦那らしかった。
「では、僕も帰ります」
「うん。ここまで有難う」
「いえ」
お互いに顔を見合わせる。そこにはもう制服姿の君は見えなかった。
「僕はあの頃...君が本当に好きでした」
「.........有難う。私も、好きだったよ。幸せな時間を有難うね」
「こちらこそ。これからも...どうぞお幸せに」
「有難う。観月くんもね」
お互いに手を振り、彼女は背を向けて歩き出した。
僕はその向こうに見える男性に頭を下げて、別の道を歩き出す。もう思い残す感情はない。あの頃の自分が出来なかったことがようやく出来た。すっきりと、さっぱりと、とても綺麗なカタチのままで。
たった一言、その言葉一つでようやく、僕は前に進めると思った。
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