EVENT | ナノ
#02

「観月!連休どうする?」

定時が過ぎる頃、少しストレッチをして体を解している僕の目の前に同僚が目を輝かせてやって来た。

「ぼんやり過ごしますよ。それがどうかしましたか?」
「ならさ、合コン行かね?ピチピチの大学生なんだけど」

普段は仕事の出来る優秀な人でもこうなってしまうと本当に優秀なのかどうかも分からなくなってしまう。それにその表現はまさにオヤジじゃないですか。それじゃご一緒する大学生も引きますよ。出来れば隠すことをお勧めしますね。

働き始めてこういうお誘いは少なくなくて、折角の休日にわざわざ大枚叩いて合コンも悪くはないと思いますが...正直、興味はない。
まず、その子らのご機嫌を取るのが好きではないですし、話を無理やりでも合わせていくのも好きではない。ついでに言えば僕自身、面白い話なども持ち合わせていませんから場が凍る。「つまんない人」なんて影で言われるのもうんざりします。

「悪いですけど他を当たって下さい」
「やっぱダメかー」
「ええ。わざわざ休日に気を遣うなんてしたくないですから」

それに、僕には予定があるんです。
とは敢えて言いませんけど彼らの誘いは受けず、まだ残る仕事に手を付け始めた。


10年...10年の月日は長いようで短くも感じた。
田舎に帰って大学へと進んで4年、それでも資格が思うように取れず2年、ようやく縛られるものが無くなって都内に就職して4年、か。そう考えれば逆に学生時代の方がまだまだ長い年齢。だが、それなりの大台には近づいていることは痛感していた。
実家の両親が随分前から世話を焼いてくれて、その度に胸を痛めはするけども応じることは出来ずに今の僕がある。「身を固めろ」なんて簡単に言うものの、相手は全く浮かんで来ない。相手でもいれば話は別だったんですが、そういう相手も、いない。

この話題が出て来る度に僕は...昔の自分を思い出す。
何も言えなかった自分、どうしようもなかった自分。よくよく思い返してみれば...僕はあの日で止まってしまっているのかもしれない。


「気くらい遣えよ。相手は大学生だぜ?」
「大学生じゃなくても無理ですね。その若い子たちはノリで来られるんでしょう?その時点で僕には合いません」


別に彼女とどうこう無くて構わない。ただ、今の彼女が幸せであるならばそれでいい。
その確認がないとどうも先には進めないと気付いたのは...大学を卒業した頃からだったろうか。誰に告白されようとも昔の自分が邪魔をし、誰と付き合おうともピンッと来るものが何一つ無い。お陰で冷たい人扱いだ。何度か彼らに誘われて合コンにも出掛けたが、うまくいった試しはなくそれなりの気遣いに体が怠惰感を覚えるばかり。「まだ若いのに...」と言われ続けて4年。いよいよ若くは無くなって来た気もする。


「お堅いよなー観月は」
「.........貴方たちが緩すぎるんだと思いますけど?」

ある程度、良い職に就いておきながら特定の人が思うように出来ないのは多分軽いからでしょう。周囲に「その程度」として認識されてしまっては本気と言ったところで軽く終わってしまうでしょう。ましてや最近の女性は男性が思うより遥かに強い。そのピチピチの大学生だって何を考えていることやら、です。

「観月は緩いくらいがいいと思うけどな」
「あなたはかなり堅い方がモテますよ」
「.........俺ってそんなに緩いか?」
「ええ」

僕が女性でしたら確実に嫌ですよ。信用出来ませんしね。

「じゃあ次のコンセプトは堅めの男だな」
「.........精々頑張って下さい」

カタカタと文章を打ち込むこと1時間。ようやく連休前に終わらせる書類が完成した。
他のメンバーといえば...そこそこのスピードで仕事はしているとは思うけれど話しながらで時間を取られているようだ。待ってる義理は無いと言えば無い。グッと背伸びをしてパソコンをシャットダウンさせた。

「ではお先しますよ。良い連休を」


何だかんだで仕事を押し付けられる前に外へ出れば、もう陽は落ちてしまって街灯が煌々としていた。
この街は、光が無くなることを知らない。僕が暮らしたところなんかとは全く違う別世界のようなものでいつだって人が居る。関与しない人たちの中で自分も関与することなく人を横切ることが出来る。そんな世界だと随分昔に知った。

慣れてしまえばそれはそれでいいのだが、時としてふと寂しいものがあるとも感じる。
田舎育ちゆえの性か。こんな感情が一時的に湧いては消えていく。


――ピリリリ...
携帯が鳴ってスーツのポケットから取り出してみれば、またあの男からの電話だった。
大方、葉書が届いて出席が取れたことで話でもしたかったのでしょう。それにしてもタイミングの良い人だ。

「はい」
『おー葉書来たぜ。すげえな最近の郵便局は』

山形から東京まで半日で届いた、なんてまた名前も名乗らずに話し出して…消印を見ていないのかという話。

「まずは自分の名前くらい名乗りなさい」
『あ?名乗らなくてもちゃんと分かってるだろ?』
「一、社会人としてのマナーですよ」
『大丈夫。気にすんのは観月くらいだから』

そうは言いますが、気にしなさ過ぎるのも貴方くらいのものですよ。だからいつまで経ってもバカ澤扱いなんです。
電話越しにはあと吐いた溜め息が聞こえたのか、逆にカラカラ笑う赤澤に更にもう一つ溜め息が出た。

『いやー来てくれるんだな。こっちまで何時間掛かるんだ?』
「目的地まで1時間も掛かりませんよ」
『マジか!あ、飛行機ってテがあるか...にしてもよー』
「下手したら30分も掛かりませんよ。此処を何処だと思ってるんです?」
『オイオイ馬鹿にすんなよ。お前、山形だろ?』
「消印を見なさい。本当にいつまで経っても馬鹿ですね」

馬鹿だ馬鹿だと言い続けて来ましたけど本当に大馬鹿です。
ようやく葉書の消印を確認したのか「東京じゃん!」と驚く彼にもう一度「馬鹿ですね」と告げた。そこからは質問猛ラッシュ。いつ東京に戻ったのか、仕事はどうしてるのか、何処に住んでるのか、と。まるで近所のおばさんとしか言いようがない。帰った当初も5W1Hが絶えず続いて大変だったのを思い出す。

「その話をするために同窓会へ参加すると決めたんですが?」
『おいおい、そうケチケチすんなよ』
「ケチケチしてません。その時に話せば説明が一度で済む」
『あー...なんか観月らしい』

ああそうですか。事務的だと言うのであれば好きにすればいいです。
そんな溜め息を吐けばこの行動もまた僕らしいと赤澤は笑った。

『とにかくお前に会えるの楽しみにしてっからな』
「はいはい。僕は赤澤に会うのは楽しみじゃないですけどね」

そう言うなよ、と笑いながら彼は電話を切った。
電子音が響く携帯をポケットに仕舞い、僕はまた何事もなかったかのように雑踏に紛れ込む。周囲には僕を知る者もなく、僕もまた知る者もなくただ歩く。多分、此処で立ち止まったとしても誰も僕を気にしないだろう。そんな関与の少ないこの都会は嫌いじゃない。

そんな雑踏の中、さっき自分が口にした言葉とは裏腹に...彼らに会えるのが少しだけ待ち遠しくなっていた。

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