実際俺には兄貴はいるが、死ぬほど世話を焼き死ぬほどお節介で…年の差は一つ、なのに対等でない。
何においても「教える」なんてことはなく、ただ微笑んで自由奔放にするといい、と放る人。
それはそれはで構わなかった。だけど、時折見る幼い兄弟が仲良くテニスをする姿を見ると…羨ましくもなった。
本気を出さない兄貴、それにすら勝てない俺。
何も言わない兄貴、それを攻略する術を模索するしかない俺。
でも、彼とのやり取りは違った。最初から、仲間とも兄貴とも違った。本当に、全てが違ったんだ。
おたがいさま
「え?もう帰るんすか?」
「ああ、悪いな」
いつもより一時間ほど早くコートから出ようとしていた彼に俺は驚いた。
施設管理人がこれ見よがしに嫌な顔をしていようとも時間ギリギリまでコートに居座る人なのに…
「用あったの忘れるとこだったぜ」
「そうですか。なら急いだ方がいいですよ」
「いや、大丈夫だろ」
と笑う彼は特に気に留めた様子も無くラケットをしまい始めていた。
テニスをする時間が大事で、それが自分をより自分らしくするものだと話してくれていた人なのに。
余程の用件なのか、少しだけ気になったから聞いてみようかと思ったけどすぐに止めた。
彼とは同じコートでよく会っていた。
日暮れ過ぎのクラブ帰り、たった一人でやって来ては満足するまでテニスをして帰っていく。
仲間もいないコートで適当に誰かを捕まえては草試合をして…必死で自分を高めようとする姿を何度となく見てきた。
そんな彼を見つけると決まって俺は走り出していた。無意識に。
「また明日来るけどお前は?」
「来ます。寮に申請出してますし」
「そうか。なら続きは明日だな裕太」
どうしてか、それを問えば答えはとても簡単なこと。そんな俺を見ても笑ってくれるからだ。
例え、学校が違っても学年が違っても、それは彼には関係ないらしい。そして、俺の兄貴がアレでも…関係ないらしい。
テニスをやっていれば嫌でも立ちはだかるのは兄貴の存在だった。
俺に勝てれば俺の兄貴にも勝ったも同然、そう言わんばかりのヤツもいれば比較して劣勢だと笑うヤツもいた。
兄貴は兄貴で俺じゃないのに、いつだって兄貴が俺の前を過ぎってく。
それを払拭してくれたのは…あんなに恵まれた仲間でも教師でも誰でもない、亮さんだった。
「はい。また明日、よろしくお願いし――…」
「ん?」
言葉に詰まったのは、此処には馴染みのない顔なのに一際目立つ人物が歩いて来てたからだった。
コートに居てもおかしくない人物。むしろ、コートこそがステージだと言わんばかりのパフォーマンスをする亮さんの、大切な人。
なるほど…用っていうのはあの人とのことなんだ。
「どうかしたか?」
「……後ろ、跡部さんです。亮さん」
「ゲッ!」
相手が跡部さんなら尚更急ぐべきだったと思った、けど後の祭りみたいで。
でもわざわざ亮さんを迎えに来た跡部さんは特に怒りを覚えた様子もなく、ただ意地悪そうに笑ってやって来た。
「大方此処だろうとは思っていたが…そこまで驚いてもらえるとはなあ」
「お、驚くに決まってんだろ!つーか時間には――…」
「間に合ってねえ。もう30分は過ぎてる」
……あらら。だったらもっと慌てた方が良かったみたいです。
それにしてもあの跡部さんを30分も待たせる亮さんはツワモノだ。そして待たされても怒らない跡部さんは本当に…
「悪いな不二弟。コイツ返してもらっても構わねえか?」
「裕太だ。それから亮さんを物みたいに借りてるつもりはない」
「……生意気なヤツ」
好きだと言ってるようなもの。それに何故か笑えた。
「それより。何か用があるんだろ?」
「コイツの誕生日だ。俺の家で部員集めてパーティーやってる」
「やってる…ってお前らもう食ってんのか!?」
「遅れた亮が悪い。どうだ、お前も来るか?不二弟」
歓迎してやるぜ、と言った割には敵視されてるような気がしてならないのは気のせいか。
と、いうよりも亮さんの誕生日なのに跡部さんが仕切るのか?
「……パーティーは遠慮します。俺、寮生なんで」
「そうか。残念だ」
「亮さんすみません。知らなかったから俺何も…」
「あ?そこは気にすんな。俺も何もしてねえし。それに」
それに、の言葉に少しだけ跡部さんが反応したように見えた。
俺もまた続く言葉が知りたくて亮さんを見る。
「裕太にはいつも世話になってる。それで充分だ」
「お世話になってるのは…俺の方です」
追う背中は一つじゃなくなったあの日から、俺はいつだって亮さんに助けられてる。
決して振り返らない兄貴と、時折振り返って笑う亮さんと…俺はどっちにも追いつきたいと生きてる。
例え、亮さんの目標が跡部さんであったとしてもそんなの関係ない。
「まあ、そこは"してやったり"ってヤツだ」
「それを言うなら"持ちつ持たれつ"だろ。笑われんぞ」
そこは笑わなくもないが…でも、何となくそれはそれで亮さんらしい。
あの跡部さんに此処で俺と居ることで無意識にも"してやったり"と言わんばかりに妬かせてるみたいだから。
「じゃ、俺ら行くわ」
「はい。また明日会いましょう」
「おう。また明日頑張ろうな」
手荷物を持った亮さんはわざわざ迎えに来てくれた人を忘れてるようでただ前を向いて歩いた。
てっきりその横に並んで歩くのかと思った跡部さんは…というと、何故か立ち止まったまま俺の顔をマジマジと見つめていた。
「……別に、ヤマシイ関係じゃないけど?」
「んなこと心配してねえよ」
「だったら何立ち止まってんだ?」
どんどん先を行く亮さんの背中が小さくなってく。
「前からお前に言いたかったことがあったんだ」
「何だよ」
「もう一生言うことはねえからよーく聞けよ」
と、高飛車に上から物を言う跡部さんにハイハイと聞き流しを決めた俺。だけど、態度とは裏腹の言葉を聞いた。
「じゃあな裕太」
「……!」
亮さんに支えられたのは俺。少しだけ変われたのも亮さんのお陰。慕う、兄のように。
感謝しても感謝されるようなことは決してしてない俺に、俺自身に跡部さんはただ礼を残してった。
高飛車な態度のまま、声だけは芯を一本通して…聞き慣れない言葉を置いてった。
「アイツが変われたのはお前のお陰だ。感謝してる」
何となく、亮さんがあの人を選んだ理由が分かった気がした。
Let's congratulate it by the best!
主要メンツ誕生祭2011
2011.10.04. 三日月さまへ捧げます。
主要メンツ誕生祭2011
2011.10.04. 三日月さまへ捧げます。