今までにないくらいに冷静に言い退けて、ロッカーに掛けられたスーツを取りに歩く。
特に汚れちゃない、まだまだ真新しいスーツ、これは手元にあってもっと頑張ってもらわないと困る。
そう思って手を伸ばしてハンガーから引き抜き手にしたスーツ。これで終わるとホッとした瞬間――…
「……可愛くねえ」
ガンッと響く音に驚いてみれば目の前に跡部。ヤツの体とロッカー、両腕が逃げ場を塞ぐよう耳の真横に伸びてる。
「昨日の続き、しましょうか」
「断る」
「そんな権利など先生にはありませんけど?」
「ないなら権利を得るまでだ」
「本当に、可愛くないですね」
「お前に言われたくない」
「……昨日はあんなに可愛いかったのに」
くすくす、笑う声と共に降りて来たのは…ヤツの唇。
逃げることも出来ないほどに詰め寄られ、避けることも出来ないよう両腕が見事に邪魔してる。
「んっ」
両足を割って、跡部の膝が壁に付けられていた。体は未だに挟まれたまま…
動かせるのはこの両手だけで必死に押し返すことはしているが思うように力が出せない。
体を、腕を、頭を…とにかく何処かを押し退ければ自由になれる。そう思ってもがくも不利な体勢、力が入らない。
「や、やめ…っ」
「自分から籠に戻って来られたんでしょう?」
「な、に、」
「みすみす逃がすようなことはしないですよ」
スッと顔の横にあった手が動いたかと思えばそのまま腰に回されて、自由だったはずの手が塞がれた。
自分の体とヤツの体の間、いよいよ力で押し返そうにも無理な態勢へと変わってしまった。
どうにか、どうにか、と足掻けば足掻くほどにヤツの力が強まる一方。
その間にブチッという音と共にワイシャツのボタンが何処かへ飛んでいくのが、見えた。
「跡部っ」
「ボタンなら後でいくらでも付けてあげますよ?」
「ふざけんな!」
足掻いても足掻いてもヤツの体は動かない。同じような体格で大差ないはずなのに動かせない。
その間にも首筋に舌が這う感触、体を撫でる感触、ただひたすらに悪寒が走る。
「……っ」
チリッと鎖骨下に痛みを感じて声を上げればくすくす笑う声が聞こえる。
どんどん舌が這わされていく感覚に悪寒を走らせるだけの俺、それに気付いていて止めようともしない跡部。
もう、冗談で済まされるレベルを越え始めていた。冗談では笑えないところまで悪化し始めていた。
「白くて綺麗な肌してますね」
この言葉を聞いた瞬間、悔しくて…悔しさのあまりに涙が溢れて来た。
死ぬほど悔しくて、殺してやりたいくらいに悔しくて、ただただ目頭熱く涙が溢れる。
こんなの、どうかしてる。そう思っているのに徐々に脱力していく自分が、余計に悔しかった。