#02
昔から闘争心は強い方だった。負けず嫌いも人一倍。
試合に勝つのが当たり前で、勝ち抜くのが当たり前だった学生時代の記憶。
それは大学のサークルに入っても同じだった。常に、上を目指すこと――…それが全てだった。
「悪いな、ジャージまで借りて」
「いいんですよ。さすがにスーツでは勝てるものも勝てないでしょうし」
それに敗北の理由にさせたくないから、ってか?そんな表情を浮かべる跡部に俺も笑った。
随分勝気なヤツじゃねえか、一丁前に。それはそれで嫌いじゃない。が、その分圧し折りたくなる。
少しブランクはあるっちゃあるが、相手は未発達の高校生。負ける気はしねえ。
袖を通したユニフォームは昔と少し違うが懐かしいレギュラージャージだった。
色々あった。そんなことを思い出させるジャージと誰のかは分からねえ俺が使ってたものとよく似たラケット。
体って覚えてるもんなんだな。この空気、この感触、この緊張感を――…
「宍戸先生は在学中、レギュラーでしたか?」
「まあ…正と準を行ったり来たりだったな」
「そうですか。因みにシングルスでした?」
「何だ?データ取りか?」
随分慎重派じゃねえか、と言葉を続けるつもりだったが言わなかった。
コイツ…穏やかな顔していかにも「社交辞令で聞いてます」ってカンジだ。興味があるでもなく、ただ単に。
「先生のプレイスタイルは未知数ですから」
「……そりゃ買い被りすぎだ」
「そんなことないですよ。先生は…全国大会で活躍されましたよね?」
「え…?」
一昔前の記憶が、ふっと蘇った。
そうだ。あの頃の俺らは止まることなく走り続けて、全国大会連続出場を果たしていた。
けど、1年の時には当然フェンスの向こう側…コートに入ることも許されずに声を枯らすまで叫んでいただけ。
2年の時は一応準レギュラーとして構えてはいたが3年が居た。当然、この時も出番なんか存在しなかった。
3年になってようやく出れたと思えばダブルスで、シングルスとしての才は無いと判断されたっだっけか。
そう、後にも先にも出場をしたのはあの時だけ。それを…何故知ってる?
「写真、残ってましたよ」
「……ああ、それでか」
あの頃、集合写真からスナップまで写真部が懸命に撮ってたっけ。
それを新聞部と共同で記事にして…当時は運動部の成長期だったから余計に残ってたんだろう。
「スコアもあったんですがそれは見ませんでした」
「スコア?まだそんなのも残ってたのか…」
「良かったら試合後にでも部室にいらして下さい。懐かしいかと思いますよ」
……懐かしい、か。
このコートでの記憶はあまりにもがむしゃらで真っ直ぐで、喜びも悲しみも嬉しさも悔しさもたくさん残されてる。
この頃の思い出がほぼテニスしか残されていないと思うってことは、全てをテニスに捧げていたからかもしれない。
負けたくない相手が居て、勝ちたい相手が居て、そいつらが居たから一点に集中してたあの頃。
我ながら寂しい学生時代だ。それが大学まで続いたもんだから何とも言えねえけど。
「……そろそろ、始めましょうか」
黄色いボールが宙に舞うのが見えた。
それは目の前の跡部が俺に向けて投げたものでコントロール良く弧を描き、俺の手元まで届いた。
「サーブは先生からどうぞ」
「いいのか?」
「構いませんよ。どのみち――…」
くすっ、と笑う彼の様子からするならば…「負けませんから」とでも言いたいのだろう。
勝気なのは悪いことじゃない。そうやってモチベーションを上げているってことも何となく分かるが癇に障る。
ああ、どっかにも同じようなヤツが居たな。チビのくせに人一倍勝気で生意気で。でも、実力は本物だった。
「じゃあ遠慮なくサーブ権はもらうな」
「何でしたらハンデも差し上げましょうか?」
「生意気言うもんじゃねえよ」
「それは残念です」
くすくす笑う彼に背を向け、定位置にまで引き下がる。そして、振り返った世界が…酷く懐かしかった。
このコートに入るまでの期間は長く、入ったところで何かあればすぐにコートからは外された。有無を言わさずすぐに。
それから戻るまでの期間にどれほど時間を費やしたか、どれほど懸命に特訓を重ねたことか…
「行くぞ」
黄色いボールを高く飛ばして、まだ慣れないラケットを振ればいつもと違った音が響く。
この音が結構遠くまで響くらしく昼寝してたジローが心地いいって言ってたっけか?つーか、アイツもテニス部だったんだが。
少し狙いは外れたがボールはそこそこの場所を捉え、そこにはバックハンドで構えた跡部が見えた。
もう数歩、歩いたならばフォアで打てただろうに…などと思っていた俺が、甘かった。
「……っ」
走り込み掛かった俺の足元、的確に合間をボールが駆け抜けていくのが見えた。
「甘いですよ、先生」
「……みたいだな」
随分、賢いテニスをするらしい。しかも、思いのほか球足が速くて驚いちまった。
けどな、俺はこのコートでそんなレベルじゃない後輩のボールを受けて来たんだ。今も覚えてるあの高速球。
大学のサークルでも試合でも、あの速さの球はそう見たことがない。それから比べたならば――…
「油断はすんな…ってか!」
「……ふーん」
「甘いのはお前も一緒、みたいだな」
「意外と、走れるんですね」
走れるも走れないもねえよ。昔から俺は何一つ秀でたものなんかなくて、足以外に使うものが無かった。
策謀的な戦略も練れなきゃ天性の技も身に付きゃしない。だったら何が出来る?そう考えたらもう走るしかなかった。
人より走る、走って走って走って――…じゃないと俺は、何も持たない事と同じだとあの頃に悟ったんだ。
「でしたら…」