「担任には俺から話す。いいかい、今日はゆっくり休養を取るんだ」
体は動かない。頭痛も変わらずズキズキと響く中で聞いた大石の声に俺はかろうじて反応していた。
思考回路は今のところはまともに動いているようだが追い付かない体があって、痛みと吐き気と怠惰感と戦っているように感じる。
……だが、これは風邪なんかじゃない。体調不良でない何かに押されているような気がしてならない。
「全国大会も近いんだ。今、君に体調を崩されたら…」
「……大石」
「授業ノートは不二に頼むよ。だから君は何も心配せずに休んでてくれ」
真剣に俺が「YES」と言うまで説得を繰り返すぞと言わんばかりの大石に俺は従うことにした。
押し問答したところで意味が無い。実際、体がこうも動かないのであれば俺だって無理は出来ない。逆に他の誰かに迷惑を掛けてしまっては困る。
選択肢は1つしか無かった。少しばかり不本意ではあったが…そうも言ってられない。
「……すまない」
「よし。じゃあ俺は行くけど…昼休みには何か持って来るから」
「ああ…」
「あ、朝食が摂れそうなら食堂の保管庫にあるから」
パタン、と音がして部屋から大石の気配が消えた。
体験したことも無い体調不良だった。まともに動くことが出来ないなど今までに無い症状だ。
この体調不良となる原因が分からない。いや…この気持ち悪さには覚えはある。だが、それとこの動かせない体と怠惰感は関係が無い。
気持ち悪さは…確実に昨日のこと、ついこの間知ってしまったことによる吐き気とよく似ている。嫌悪感、拭い去ろうにも手段が無く楽になりはしない。
思い出しただけで、また、全てを吐き出したいくらいの衝動に駆られる。
寝てしまおう。どのみち、それしか方法は無い。
目が覚めた時に動けるようであればいいのだが…それは一筋縄にはいかない気がする。
妙な焦りが生まれる。だが手立てのないことに抗う気力も実は無い。今出来ることをしておこうと俺はただ目を閉じた。
どのくらい目を閉じていただろうか、ふと人の気配に気付いて目を覚ました。
ぼやける視界、まだそこそこの吐き気と頭痛を引き摺っているが体は…少し楽なったような気がして寝返りを打った。
眼鏡は…確か枕元に放置した気がする。サイドテーブルまで持っていくことが出来なかったから。
「あ…起こしてしもたか?」
「……?」
手探りで眼鏡を探す。
声の主に聞き覚えがあったが寝起きでどうも判別出来ない。しかも、姿がぼやけていては誰なのかも分からない。
「無理せんでええ。様子見に来ただけやから」
「……誰、だ」
「んー…寝起きでよう分からんみたいやな」
「だから…」
「そないな手塚くんも可愛くてええわ」
――ズキリ、脳が揺れた感覚がした。
「忍足…っ」
「正解。担任のセンセから頼まれて様子見に来たで」
眼鏡が見当たらない。輪郭のぼやけた顔がこっちを見ていることだけしか分からない。
気持ち悪さが増す。口の中がカラカラになるほどに気持ち悪くて、気持ち悪くて――…
「そない睨まんといて。いくら俺でも病人どうこうはせんで」
「……ならさっさと、帰って、下さい」
「そういうわけにもいかへんて。一応薬も預かって来とるし、喉も乾いてへんか?」
「……その辺に置いて、さっさと帰って、下さい」
――逆流しそうになる。吐き気だけじゃない、色んなものが。
「う…っ」
「お、おい、大丈夫か?」
起き上がることもままならない状態で、何とかベッドの端に顔を持っていくことが出来た。
手を伸ばせば近くにゴミ箱があって…掴むと同時くらいだっただろうか、昨夜と同じ状態となった。何も口にしていないのに、逆流する。
「寄る、な」
「阿呆!今はそれどころやない。とにかく吐いて――…」
「……触る、なっ」
吐きながら朦朧とする意識の中、背中に触れる手が冷ややかで吐くことを促すように撫でていた。
吐いても吐いても楽にならない。胃が空になったとしてもまだ異物が残っているような錯覚から吐き気が止まらない。それを知って促す冷たい手。
それがアイツの手だと知っていても振り払うだけの力が無い。込み上げるものによって動くことも出来ない。
胃の中の衝動が治まることを知らない。
その衝動に抗うことも堪えることも出来ずに俺はただただ嘔吐を繰り返した。