#04
旧約聖書には神の怒りを買い、天からの硫黄と火により滅ぼされたとされるソドムとゴモラという都市があった。
禁じられた行為を行う者たちが集まった都市。神を冒涜する者たちが集まった都市。
その都市に住む者たちは神の業火によりその命を絶たれた。この学園では当然、誰もが知る有名な話だ。
神は「無意味な行為」を嫌った。意味を成さないことは行う必要もなければその行為ごと禁じた。
自然摂理に反する行い、意味を成さない行為は禁忌だと…誰もが学んだことだった。
「俺に、触るなっ」
近くにあったものなど薙ぎ倒しても構わないと思えるほどに俺はただ抗っていた。
机にあったものはすでに地に落ち、ほんの数分前まで座っていたはずの椅子すら蹴り倒して傍にはない。
「触って欲しないんやったら退けたらええよ」
決して物に八つ当たりがしたいわけじゃないのに、抗えば抗うほどに物に当たっていく。
目の前に居るものはそれを平然と笑いながら眺めながら舌を這わせて…その度に俺は悲痛な叫びだけをぶつけていた。
何度「触るな」と言ったか分からない。何度「やめろ」と言ったか分からない。何度叫んだか、分からない。
「とは言うてもアレや。退けれるもんなら、やけど」
「ふ、ざけるなっ」
「何遍言うても分からん子やね。ふざけとらんよ」
抗う手は休むことなくヤツを捕えているはずなのに、ヤツはびくともしないまま…
これが年齢の差による力の差だというのならば今すぐにでも大人になりたいなどと思うほどに俺は困惑していた。
肌蹴た制服、素肌に触れるヤツの手が気持ち悪いほどに這い、舌先が首筋を這う度に吐き気がする。
「ほんと、に、やめ、っ」
「その声も好きやなあ。ほんまにソソるわ」
くすくすと笑う声、相手がどれほど楽しんでいるかが窺えて逆に俺の気持ち悪さが増す。
全身に悪寒が走ってることに気付いていながら、ヤツは特に気にした様子もなく俺を撫で回している。
まるで物と遊んでいるかのように、物で遊んでいるかのように、一方通行な遊びを楽しんでいる。
「手塚くんて」
自分と大差のない体格、その体重が均等に俺を押さえ付けている。拘束している。
同じくらいの力を自分が持っていたとしても圧し掛かる重力までも奴の味方をしてしまっては負けてしまう。
「凌辱したくなるタイプや」
奴の言葉。ガツン、とハンマーで殴られたような衝撃に体が反応した。
拘束されていた体を思いっきり突き飛ばすだけの力を与えた言葉。ようやく俺の体は自由を取り戻して奴との距離が広がった。
苛立ちと嫌悪感と、吐き気が込み上げて…立っているのが精一杯の中、突き飛ばされた奴が無表情のまま立ち上がったのを見た。
ゆらり、自分が突き飛ばされたことを認識してないのか?と思いたくなる程に表情は無い。
「結構力強いやん」
「……失礼します」
これ以上、此処には居たくない。これ以上、奴の傍にも居たくない。
その気持ちが俺を動かして床に転がった鞄を片手に俺は出口へと向かった。振り返ることもしない、部室の施錠だってどうだっていい。
今、部室がどんなに荒れていようとも翌日にどう咎められようとも構わない。ただ、この場がさっさと立ち去りたい。その気持ちが俺を動かしている。
「ほな…また明日な」
奴の声を聞くのと扉を閉めるのは同時だった。
寮に戻ってまずしたことは吐くことだった。口から出て来るものが胃酸だけになってもまだ吐いた。
吐いても吐いても楽にならない。胃が空になったとしてもまだ異物が残っているような錯覚から吐き気が止まらない。口の中が、妙な感覚がする。
乾いているのか、唾液が溢れ出しているのか…分からない。ただただ俺は吐き続けていた。頭の中が真っ白になるまで。
翌朝の体調は最悪だった。
思うように体が動かず目も開けられないほど痛い。口の中も…ただただ気持ち悪い。
寝返りを打てば頭痛がした。気持ち悪さだとか怠惰感だとかが増してどんどん苦痛へと導かれていく。
時間はもう7時半を回った。本来ならば食事を済ませて校舎へと移動していなければならない時間だ。それでも体は…動かない。
「……手塚?」
そんな状況の中、いつまで経っても朝食を摂らずにいる俺を心配してかやって来たのは大石。
さすがに振り返って起きないわけにはいかないのだが…それでも体は動かない。重い、まるで鉛のようにも思える。
「おい、大丈夫か?手塚」
すぐに様子が変だと気付いた大石が駆け寄って、俺の額に手を当てた。風邪か何かだと判断したのだろう。
だがきっと熱は無い。それは自分自身が一番よく分かっている。その証拠に額に手を当てた大石がホッとしたように「熱はないね」と告げた。
では…この気持ち悪さと吐き気と怠惰感は何だろう。体にのしかかる重みは…何なんだろうか。
「……起きれそうもないみたいだな」
「いや…起きよう」
「無理しちゃいけない。この間から随分無理をしていただろう?今日は休むんだ」
「大石…」