#03
「やっと二人っきりやね」
どれだけ本に集中していたか知らないが、人の気配に気付かなかった自分を悔んだ。
避けて通ろうとしていた道に敢えて踏み込む人などないというのに…今の俺は馬鹿みたいに片足を踏み込んでいる。
「……申し訳ないですが完全下校の時刻ですので」
「そんなん先生には関係あれへんねで?」
くすくす笑うヤツを目の前に頭がガンガン痛み、危険だと警告を発する。
あの現場を見て以来、俺は俺で気持ち悪いだけ。コイツはコイツでどうやら口止めをしたいらしい。
あれ以来、遭遇率は異様なまでに高まっている。声だって頻繁に掛けられていると分かってる。
それが、気持ち悪い。頼む、関わりたくないんだ。こんな鳥籠の中、逃げ場はないと分かっているのだから…
「さて、手塚くん」
「……」
「そない睨まんでもええやん。綺麗な顔が台無しやで」
どうして睨まずに居られようか。そんな下らない冗談、この空気の中では必要ない。
俺は、アンタを慕うヤツらとは違う!と大声で叫べたならどれだけ楽だったろうか、どれだけスッキリしただろうか。
出来れば…もう穏便に済ませ、関わらずに居たい。あと少し、あと少しなのだから――…
「……冗談は結構です。話があるのでしょう?」
「んー物分りのええ子やね。ほなら率直に言うわ」
ドアに凭れてた背が浮いたのが見えた。砂混じりの靴が音を鳴らし、こちらに近づいてるのも分かった。
一歩、引き下がりたい気持ちを抑える自分、あの日のように逃げ出したら負けるような気がした。
「抱かせて」
「……っ」
「その目に惹かれてん。手塚くんを頂戴」
「な、何を――…」
「ちゅうか手塚くんは俺のもんなんよ」
あの時から、と笑ったヤツに体全体が反応して足先から頭のてっぺんまで悪寒が突き抜けた。
人の言動で鳥肌など立てたことは無かったが今は違う。全身が拒絶し、悪寒で震えすらしている。
馬鹿だ。負けるような気がしても逃げ出せば良かった。走り出せば良かった。
負けぬようにと挑んだところで何の意味も成さないことにもっと早く気付けば良かったのに。
「なあ、俺は我儘な人間やさかい…その心も頂戴」
「……失礼します」
これ以上、距離が縮む前に…と、自分が動けるうちに逃げ口を確保しようと動けばヤツも動く。
意図的に同じ方向へ、距離を縮めながら立ち塞がるのを見て睨まずにはいられない。
「さっきも言うたけど綺麗な顔が台無しや」
「退いて下さい」
「けどな、その目が好きやで」
「そこを退いて下さい」
どんどん、こっちの顔色は変化しているだろうにヤツの顔色は変化することがない。
笑って。ただ笑っている。その笑みの中に感情なんか見当たらない。一寸たりとも考えを読ませないような色。
ヤツは本当に「人」なんだろうかと疑わずにはいられないほどに何も感情を感じない。
「……手塚くん」
ゆっくりと伸びて来る手。思いっきり音を立てて振り払う。
「ほんまに、自分はかわええな」
「ふざけないで下さい!」