#01
知る必要のないことであれば、知りたいとは思わない。
少なくとも俺のような学生の本分は勉強であって、
それ以外、関係のないことは必要としない。
ましてや、この学園で禁忌を犯すようなことは――…
ESCAPE
逃げれるものならば、逃げるといい
「ほなテスト返すで。名前呼ばれたら取り来て」
一人ずつ、名前を呼ばれて教壇へと向かう。
そして、テスト用紙を返却される、この見慣れた光景。
一人一人にアドバイスをする彼はイイ教師だと思っていた。
少なくとも昨日まで…いや、あの光景を見るまでは。
「次、手塚くん」
「……はい」
ポーカフェイスに良く過ごせるものだと感心する。
近づくのも嫌だ。こんな何気ないことであっても吐き気がする。
「汚らわしい」と罵れるものならば罵ってやりたい。
ただ、それをするには…この人はあまりにも信頼が厚い。
「ちょい調子悪かったみたいやな」
「……すみません」
「分からんとこあったら聞きにおいで」
微笑むその顔を思いっきり殴ることが出来たならば…どれほど良かったか。
こんな人が教師であること自体が許せない。
だが、俺がこんな風に思っていたところで意味など無い。
今の俺では何も出来ないことくらい分かっている。
「……今後、気を付けます」
「ほな次――…」
受け取ったテスト用紙の点数は確かにいつもより良くはない。
もしも、あの光景を目にしていなければ…明日は我が身だったのだろうか。
……そんなこと、おぞましくて考えたくない。
我が校は歴史ある由緒正しき男子進学校で有名だった。
素行と偏差値を重視した学校で、厳格なるカトリック…
俗に言うミッション系というもの。
全寮制ということで何の不自由もなく心配することもない。
必要な物は揃っている。食事だって寮できちんと出る。
衣食住、生きることにおける最低条件は確実に揃っている。
強いて欠点を挙げるとしたら…此処は鳥篭だ。
隔離された空間。外出する必要性すら欠いた場所。
間違いなく…何かあれば助けなど来ないだろう。
もしも、蛇が鳥篭の中に入って来たならば…逃げられない程に。
「手塚くん」
呼ばれて振り返った先には、にこやかに微笑む奴の顔…
その表情に悪寒が走る。白衣だからか、嫌悪感が更に増幅する。
あの日、目に焼き付いたあの日も、この姿で笑っていたんだ。
「……何か用ですか?」
「悪いんやけど、この備品を化学――…」
「申し訳ありません。他の先生に呼ばれてますので」
話の途中、ありもしない用事を告げることで接触を断つ。
少なくとも今、此処で声を荒立ててしまっては俺の分が悪くなる。
それくらい厚い信頼を持つ教師であったというのに…
「ほな、その後でもええんやけど」
「それでは備品を持ち歩くことになり、先生にご迷惑が掛かります」
「……真面目やね。ほな、他当たるわ」
いつものように、何気なく…彼は微笑んで過ぎていく。
化学室とは反対方向で俺の進む方へと何故か足を進めて…
――そない毛嫌いせんと、仲良くしよーや。