#05
次に目覚めた時は、真っ白な部屋だった。
エアコンが効いていて丁度いい温度の中、目が覚めたのだが…此処が自室でないことにはすぐに気付いた。
頭痛は朝よりは引いていた。吐き気も今は無い。ただ起き上がることが億劫でたまらないだけ。
「……っ」
少し強引に手を伸ばせば腕に痛みが走って気付いた。
点滴が施されている。しかも手の甲からだ。と、いうことは此処は――…
「気分はどうや」
「……忍足、先生」
「病院に連れて来たんや。脱水症状入っとったみたいでいきなし点滴」
……ということは、これは栄養剤か。
そういえば、夜から吐くだけ吐いて水分を口にしてなかった。朝も…ろくに起きれずに何も口にしていない。
「一日入院やて。点滴があと一回分来るさかい」
「……」
「一応、夕食は重湯が来るんやけど無理せんでもええて」
少しだけ起き上がればコロコロと眼鏡が布団の上を転がったのが見えて手に取った。
掛ければ視界がクリアになり、此処が病院であることが鮮明になった。学園付属病院だろうか、それは分からない。
壁掛け時計はすでに昼を回り、そこから入る視野の中に…アイツが居た。いつもの笑みは無い。
「点滴しとるけど喉乾いたらコレ飲み」
教師としての仕事を全うしようとする姿勢は一応あるらしかった。だが、それに気付いたとしても俺にはもう――…
「……色々とご迷惑をお掛けしました」
「ええねんて。ちょおビックリはしたけど…」
「学園に戻られて下さい。一人で平気ですから」
教師の枠に含まれない存在へと変化してしまった。この、黒き人物はもはや教師なんかではない。
指導してもらう必要のない、従うに値しない人物として再構築され、もう関わりたくもない存在として刻まれてしまった。
例え、俺を抱えて病院まで運んだ人物であったとしても。今の今まで注意深く看ていた人物であったとしても。
「冷たいなあ。そこまで俺が嫌いなん?」
「……ええ。顔も見たくないほどに」
「言うてくれるやん」
平気で嘘を吐けるような性格はしてない。全てが事実だった。
顔も見たくないほどにおぞましく、その存在すら否定したくなるくらいの嫌悪感。嫌いじゃ済まない。
そんな可愛らしい表現を以って接することなど出来ないほどに気持ちが悪くなる。それが…目の前の男、だ。
「俺はそないな手塚くん好きやで」
「……それで?」
「んー…とりあえずアレや」
物音一つしない空間の中、奴は静かに囁いた。
突然のことにも関わらず部員たちが此処まで駆け付けて来たのは夕方のことだった。
余程のことがなければ学園内・寮内から外出が出来ない立場にあるのだが、それでも代表して数名、此処へ来てくれた。
体調管理も出来ない不甲斐ない俺を怒る不二、安堵して苦笑する大石、脱水状態と聞いてかドリンクを用意してくれた乾。
ただただ「すまない」とだけ告げて…多くは語らないようにしていた。
「これからは本当に気を付けて欲しいね」
「……すまない」
「その程度の謝罪ならいらないよ」
「オイオイ…落ち着け不二」
「言い過ぎだよ。手塚だって――…」
「いいや、これくらい言わないと!」
基本的に感情を露わにしない不二だが今回ばかりはどうしようもなく怒っていた。
怒られても仕方ないことになったのは俺の所為だが…どうしてだろうか、そんな彼の手前で安堵と笑みが零れた。
「ちょっと!何笑って…」
「有難う。今後は気を付ける」
意味のない謝罪より、本気で自分を怒ってくれる存在に…ただただ感謝したくなった。
あの日から、どうしようなく黒いものがチラついては落ち着かない日々が続いていた。
誰も、仲間ですら信用することが出来ずにいたような気がする。あまりの衝撃で、あまりにもおぞましい光景で…
だがアレと俺の信用して来た仲間は違う。俺が長年、共に過ごして来た仲間は…違うんだ。
「一から鍛え直す必要があるな」
「バッカじゃないの?今は療養だよ療養!」
「そうだな。鍛えることも悪くはないが、今は体調を元に戻す必要がある。正確には――…」
「乾、データはまとめてあるんだろう?手塚に渡すだけで説明はいいよ」
体ではなく心。一人に惑わされて多くを失うわけにはいかない。
「お前たちの助言を心に留めて今は休むことにするよ」
「ああ。ある程度調子が戻らないとコートには入れないからな」
「……しばらくは1年と混ざって筋トレでもするか」
「その時はイモジャでやってもらうよ」
「ぷっ…手塚のイモジャ姿、見物だな」