テニスの王子様 [不定期] | ナノ

鏡に向かって (2/2)



飛ばされるほどの威力でその手が私に触れたなら…余計なネジが飛んで楽になれるかもしれない。
拳を強く握った真田の姿が見えたから笑って、それでいてその痛みを、衝撃を待ち構えていたのに。
だけど…やっぱりその願いは叶わないらしくて、赤也だけじゃない。飛び込んで来た柳までもが真田を止めてしまった。

「どうしたんだ弦一郎!」
「ゆい先輩も…急に何でっ」
「さあ…ずっと我慢してて壊れたんじゃない?」
「何が?」
「留め金が」

何も知らなければ急に何処かがイカれたように見えるのかもしれない。現に赤也はそれを包んで言葉にした。
でも、その後ろで何かに気付いたゆきは何も言えず、ただ口元を押さえているだけ。その仕草をした時は大体分かってる時よね?
誰よりも長く一緒に居たから。誰よりも私の中身を知るであろう人間なのだから。

「……ゆい」
「ゆきには少し分かるんじゃない?」

私たちに優劣を付けるとしたならば私はいつだって劣で、優を貰った日のゆきはいつも私の機嫌を窺う。
その度に私は無理して笑っていた。何事も無かったかのように笑って…心は悲鳴を挙げていた。いつも、どんな時も。
子供ながらに我慢はして、時折声を挙げて否定をしていたあの時。その感情よりもっと激しいものが今の私にはある。
もっとドロドロしたもの。もっとおぞましいもの。もっとオドロオドロしいもの。見えてないなんて、言わせない。

「ゆい…冷静になりんしゃい」
「やだな。今は物凄くスッキリしてるよ仁王」
「じゃが愉快犯な顔はひどうなっちょるが」
「そうみたい。でも…スッキリするんだけどそれも愉快犯だから?」

目を丸くして驚いた皆の顔がやっぱり面白くて笑った。今にも泣きそうな顔をしたゆきに私はもっと笑った。
もっと蔑めばよかったのに。もっと罵ってくれたらよかったのに。
これ以上の何かを得られることが無い気がして、私は笑ったまま皆に背を向けていた。居たたまれないからじゃない。

「ゆい…」
「ごめん幸村。今日の仕事はまともにこなせそうにないや」
「……そうみたいだね。だけど休むことは許さないよ」
「厳しいのね」
「だってゆいは俺の言葉を無視したんだもの、だからその罰」

ぽんぽん、と肩を叩く幸村の手。そっと体を捩ることで回避すれば強い視線を方々から浴びる。
ねえ、例え愉快犯みたいなものでもきっとこっちが本当の私だと思うんだ。
酷くコンプレックスを抱いて、強い嫉妬を持つ…とても人間らしい感情を持つ私がきっと本物。
我慢して唇噛んで無理して笑って…そんな抑制機能の付いた私はきっと私じゃない。

「ねえ幸村」
「何?」
「私、味方なんていらない」
「……ゆい」
「そんなの、今となってはいらないわ」

もう、必要がないもの。
その昔は自分の味方になってくれる人を捜していたと思う。優しく包み込んでくれるような、そんな人。
でもね、私の望む味方は一人も居なかった。強いて言えば唯一、ゆきが味方になってくれて…それがどんなに痛かったか。
私と彼女の違いを知っていて、それでも私の味方となってくれる第三者が欲しかったのに当事者が肩を持つ。
感覚と感性の差。それを他人は「姉思いで優しい」と称すならば私にとっては「残酷な仕打ち」としか言いようがなかった。
ソレに触れた瞬間に思ったこと、それは…自分以外で本当に理解してくれる味方なんか、いないってこと。

「双方の肩を持つような味方なんて、いらないんだから」


静かに響いた私の声。それと同時に響いた声。
同じものだった。同じもので、誰もが振り返ってた。


「そんなこと言って…」
「ゆき、先輩?」
「皆味方に付けてるくせに…!」


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