鏡に向かって (1/2)
私と、彼女と。何が違うのかを考えた時期が少なくとも数回だろうか…あった。
自分の中に無造作に植えられ、勝手に根付いた彼女という記憶の断片を探って模写した時代。
全てが違うことを知りながらそれでも同じものを探そうと、なければ複製でもいい、作ろうとした。
同じもので取り揃えられたもののなか、唯一違うものはそれを使う一人の人間。
断片だけを頼りに頑張る自分は、鏡が映した自分は…所詮、レプリカでしかなかったんだ。
「愉快犯、みたいな顔しちょる」
私は一体どんな顔で仁王を見ていたというのだろうか。あの時の仁王、何処か悲しそうな顔をしてた気がした。
可哀想なものを見るような目、何かに勘付いてみせたような同調するような目をしていたと思った。
それが酷く胸を痛めて、それが何故か無性に腹が立ってならない。あの表情を、私は過去に何度か見たことがあった。
何度か、なんてレベルじゃなくてそう、ずっと以前から私はあんな表情を向けられて…
「志月、ボーッと突っ立つな。危ないぞ」
「……真田」
「どうした。随分、疲れた顔をしているが…」
時間はあっという間に過ぎていくもんで、気付けば覇気もなく無意識にコートに立つ自分が居て。
誰よりも先に来た真田がポンッと肩を叩いて来たことでフッと目が覚めた。飛び掛けた意識が戻って来たような。
こんな灼熱、炎天下のコートの中で私ときたら白昼夢を見ていたような気がする。ぼんやりと、記憶の断片を、見ていた。
「あまり日差しの強い場所に居るな。木陰で涼むようにしろ」
返事が、出来なかった。本当にボーッとしていて。だけど真田は怒ることもなく溜め息を吐いて「向こうへ行け」とだけ告げた。
本来なら容赦なく鉄拳が飛んで来てもおかしくないだろうに。いや…容赦はあるけど小突くくらいの何かはあったはず。
言葉に対して返事をしないこと、それがどれだけ相手に失礼なことか。厳格な真田はそのことで赤也に説教したことがあった。
その時は赤也が吹っ飛ぶくらいまでの平手が飛んで来たけど流石に私にはしないらしい。だけど、いっそのこと――…
「さな――…」
飛ばされるほどの威力でその手が私に触れたなら、余計なネジが飛んで楽になれるかもしれない。
歯車が、また型に嵌って正常に動き出すかもしれない。留め金のない今だから、いっそ何らかの手で戻して、元あるべきものへ…
……だけど、その願いですら告げさせてもらえないみたいだ。
目が物を言う。一度は背を向けて振り返った真田の目は通り越して別のものを見てて、それが何だか私には分かった。
皆、同じ。皆、同じように気付いて私に嫌でも悟らせて来たんだったね。そのことに笑いが込み上げるほどに。
「ゆい!」
無邪気な笑顔。どうしてこうも違うんだろうって思うくらい眩しい笑顔を振り撒いて走り寄る。
その笑顔を私はずっと作り出せずに悩んだことを思い出すよ。真似して笑って、それが酷く歪んで見えたことは今でも覚えてる。
ああ、所詮同じでないんだから同じものは得られないんだって…気付くまでにそう時間も掛からなかったあの頃。
近づけば近づくほど笑いが込み上げてくる。対照的に笑う私の顔、***には見えてる?その目に映ってる?
「ゆいってば今朝早く家を出たからコレ渡せなくて…」
「……何?」
「昨日作っておいた差し入れなんだけど」
おずおずと手を伸ばして手渡そうとしているものはいつも通り、綺麗なラッピングを施されたもの。
「良かったら皆で食べて」と少し照れて笑うゆきに私は笑わざるを得ない。だって滑稽すぎるでしょう?
敢えて避けていることくらい本当は分かってるはずなのに声を掛けて来るゆきは滑稽。
だけど…「こういうところ」だからっていう理由で敢えてゆきを避けることの出来ない私はもっと…滑稽。
そう思っただけで本当に笑いが込み上げる。
どうしようもないものがどんどん溢れて…笑わずには、いられない。
「ゆきは…マメだね」
「え?」
「それとも…」
「……ゆい?」
誰が見ていても…もう構わない。
無表情の中に少しだけ驚きを含んだ真田が映ったとしても私はもう動じない。
少しずつ異変に気付いて…部員たちが集まって来ているのが分かっていても、私の制御はもう効かない。
――小賢しいだけ、かな?
「志月!」
「なっ…ゆい先輩?」
驚いたのは彼女だけでなく周囲に集まった人もだった。
冗談で告げた言葉であれば真っ当な反応も出来て返せる言葉もあっただろうけど、誰一人としてそれは出来なかった。
そうよね。私は笑いながら言ったけど心から笑っているわけじゃない。悪意を含む笑いをしているんだから。
……ああそうか。これが仁王の言う「愉快犯みたいな顔」なのかもしれない。
「冗談にしては度が過ぎるぞ」
「……そう?」
「当たり前だ!」
「じゃあ…冗談じゃなかったら?度は越さない?」
「志月!」
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