テニスの王子様 [不定期] | ナノ

重ならない声 (2/2)



「どうした?黒渦のようなものが巻いていたぞ」

その細い目で…一体何を見たっていうのだろうか。なんて怖くて何も言えないんだけど。
私の隣に立つ柳はジッと私の様子を窺って、そしてフッと笑みなど浮かべるものだから悪寒が走る。
観察能力、心内を察知するのが得意だから…柳はかなり危険人物だったりもする。

知られたくないもの、悟られたくないこと、他の誰にも、見透かされたくはない。

そんな気持ちを抱いて、何事も無かったかのように振舞えば…柳もその程度のことしか返さない。
本当は…何かを察しているのではないか?そう思えるような微笑みを、柳は浮かべながら。

「気の所為よ」
「そうか」
「それにしても…何よアレ」

話題を転換するべく、指差した方向は相変わらず柳生に説教される二人の方向。
すっかり騙されたことを告げれば、平然とした表情で「精進が足りない」とあっさり言われてみたり。
どうやら柳にはあの二人の違いが分かるらしく、騙されるようなことは無かったらしい。
そういう問題ではなく、あんなことをさせて黙って許すあたりを問いたいんだけど…

「弦一郎は許可していたぞ?」
「許可、しちゃったんだ」
「ああ。幸村の許可も降りてたしな」

そうか…幸村が許可したんであれば、真田が許可しないはずがない、か。
何だかんだでアレ、真田は考えが古いもんだから上の指示には従うんだよね。ついでに幸村には甘いし。
柳と二人で視線を向こうの三人に向ければ…まだクドクドと柳生が説教しているらしく、赤也がうな垂れてる。
そろそろどうにかしてやらないと、そんな気持ちで口を開こうとして…急に開こうとした口は音を立てて閉じた。

「……ゆい?」

いつもの習慣、いつもの光景には間違いがなかった。
だけど、私の名を呼ぶ柳を無視して私はコートに背を向けて歩き出した。

「洗濯物、干さないといけないから」この言葉を言い訳にしよう。

そんなことを頭の中で考えながら、少しだけ賑わい始まるコートからそそくさと出る。
あのまま、あの場に居れば確実に私の表情は一変して…大変なことになる、そんな気がした。



日に日に、私の中の抑制されたものが抑制しきれなくなっていく感覚がする。
蝕まれた私がどんどん表に出てきそうな…逆転してしまいそうな気がして恐ろしくてしょうがなかった。
彼女によって。そう、そんなことは無いはずなのに、そう思わざるを得ないほどに彼女が大きくなる。
他人でない、自分の半身に違いないような人物に対して、恐ろしいまでに恐怖を抱く自分。

嫌いじゃないはずなのに、大事な妹であるはずなのに。
……世界で一番嫌いなのは誰かと問われたならば、私は彼女の名を挙げるだろう。



部室の裏でタオルやらユニフォームやらを干す作業をしていれば、響く声が近づいて来た。
多分、ゆきからの差し入れを貰ったはずだから…それを食べに部室へと入っていくのだろう。
皆の声が嬉しそうに響くなか、私はただ居た堪れないような気持ちで洗濯物を干す。
別に彼女の作った物が食べれなくて変な感情になっているわけじゃない。
嫌でも彼女が作ったものは自宅に帰れば山のようにあって…それがどうとかいう問題じゃない。
仲間外れ、エコ贔屓。そんなことはないと知りながら、そんな気持ちが湧いて、ただ湧いて…

――私の居場所まで盗らないで。

彼女がわざと私をそうしようとしていないのを知りながら、そんな考えまでに行き着く。
そう思ってしまう自分は、心から蝕まれたものだと嘲笑ってしまうほどに真っ黒で…仕方ない。
どんどん蝕まれていく。分かっているはずなのに、分からない自分との格闘。
今のままでは…蝕まれた自分が勝ってしまいそうで、だから、まだ濡れたタオルに顔を押し付けた。
頭を冷やすために、何処からともなく溢れそうになる涙を拭うために――…



「お、ゆい。一歩来るのが遅かったぜよ」
「あー洗濯物干してたからね」
「ゆきさんがまた差し入れ持って来てくれましたよ」
「そう。材料費、家で請求されないと良いけど…」

差し入れの中身は空っぽになっていた。皆、嬉しそうに食べたらしく笑顔でいる。
そんな周りに合わせてどうにか微笑むけれど、それが果たして笑顔になっているかは分からない。
ただ冷静に話をして、皆に合わせて笑って…それで終わらせたかった。

「請求された日には皆から徴収するからね」

笑って誤魔化して、全てのものを全部押し込んで誤魔化して。
出来れば誰も気付かないで欲しい。何も悟らないで欲しいと願う。
本当は何処かで気付いていたとしても…触れないで欲しいと必死で願う。

醜い考えを持つ私と、何も知らずに笑う彼女とをどうか重ねないで。
全てを、全てを重ねないで下さい――…


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