01
毎年ながらクソつまらねえパーティーに我ながら良く参加してるな、と目を細めて溜め息を吐く。
何を考えているか分かりたくもない大人たちの作り笑顔にもそろそろ嫌気が差す。この、取り巻く匂いにも吐き気がする。
塗ってもどうしようもない女の化粧品の匂い、努力しても全くカバーしきれない男の整髪料の匂い、うんざりする。
何処へ行こうが同じこと、何処を見渡そうが同じ光景、毎年ながらこの苦痛は何物にも変え難い。
「景吾さま、どちらへ?」
「外の空気を吸いに」
息苦しいにも程がある。こんな場所からさっさと離脱したい気持ちから意味も無く外へと出ることもまたいつものこと。
この時期にもなればコートも必要となるがそれをわざわざ取りに行く時間も取りに行かせる時間も勿体ない。
色んな煩わしさから一時的でも構わないから一刻も早く外へ――…そう思って外へ向かえば、そこには先客が居た。
……同じパーティの客で、見るに堪えないカップルだった。
周囲が見えなくなるほどイチャつくのは自由だ。
周りなんか関係ない、興味も無い、ただ君が居れば…なんて言ってるのも知ったこっちゃない。
だが、この気分も機嫌も最悪な時に目の当たりにすりゃ嫌でもブン殴ってやろうか、くらいの気持ちにはなった。
ツイてないのは始めからだったが、わざわざクソ寒い外まで出て来て更にツイてないとは――…
「奥山さま」
此処にも居場所が無い、とまた吐き気のする会場へと戻ろうとした時だった。
真っ黒のスーツが俺の横を抜け、遠慮することなく例のカップルへと声を掛けていた。
優雅に会釈し、後ろ姿だが随分と姿勢がいい。顔も見えないがそこそこのレベルなんだろう、女の表情が一気に曇った。
「……あ、君は」
「祖父が奥山さまと噂のお美しい婚約者と話がしたいと申しております」
「それでわざわざ君が?」
「わざわざだなんて…こちらこそ無粋な真似をしてしまいまして」
「いやー、じゃあ行こうか」
何だ、遠目に見ていただけでよく分からなかったがどっちも大したことねえな。
で、肝心なのは呼びに来た女の方だ。
内容からすれば何処ぞのお嬢のくせにドレスも着てないとはどういうつもりだろうか。しかも付いていってねえし。
まあ、着飾る着飾らないは自由だが珍しい女も居たもんだ、そう思って眺めていればクルリ、急に振り返って溜め息を吐いた。
「大したことない容姿のくせに気取ってイチャつくなって話だよね」
「……は?」
「君の顔に書いてあったよ」
会場から漏れる明かりが女を照らしてる。年は…俺より少し上、というところだろうか。
「不快だったから外に出てみりゃアレだよ。余計不快になったわ」
「……それも俺の顔に書いてありましたか?」
「残念、これは私の心境。でもまあ同じことよね」
誰だって馬鹿みたいにイチャついたカップルが居たらブン殴りたくはなるわよ、と女は笑って目の前まで歩いて来た。
で、納得もした。薄化粧の若いスーツ女と厚化粧のイイ年の派手女じゃ勝負になんねえ。ついでにコイツ、ブスじゃねえ。
そこそこの自信しかないんであれば唇は噛むわな。ついでにあの台詞だ、余計にカチンとも来ただろうに。
「跡部、景吾くんでしょ?」
「そうですが。あなたは――…」
「向こうで厚化粧のオバサンが狙ってるわよ。ウチの娘の婿にって」
「……」
「まだ若いのに裏でそんな話されてちゃストレスでしょ?」
「……慣れてますから。で、あなたは――…」
「最初からバーンと言ってやればいいのよ。お見合いで結婚する気はありませんからって」
何だ?この女…俺の質問には一切答えずに淡々と話しやがって。
しかもお前だって周りから比べて若いくせに何ババアみたいな説教してやがる。んなこと初対面から言われる筋合いはない。
いい加減、親に強要されて出来た「良く出来た御子息」の顔が崩れ始める。自分でも分かるくらい眉間にシワが。
「と、いうわけで」
「は?」
彼女はもう穏やかな顔をしていなかった。
さっきまで何処ぞのお嬢様に見えたというのに、今は酷く凶暴で冷淡な顔をしてる。
「滅多にない良縁では御座いましたが私には勿体なさすぎます。
きっともっと素敵なご縁があるかと思いますのでお断りさせて頂きます…と、
お父様にお伝え下さいませ。では、失礼致します」
あっけに取られている内に女は名も名乗らぬままにその場から消えていた。
ただ、何も知らぬ間に何らかの事が進み、女が勝手に俺の元へ足を運び…そして、全てを終了させたことだけが分かった。
良くある縁談話、慣れていたはずの見合いの断り文句を突き付けるのは常に俺の方だったのだが…まんまとやられた。
寒かったはずの体が、少しだけ火照ってることに気付く。
突き付けられた一瞬の冷たさが逆に心を熱くしていることに気付く。
典型的な馬鹿な女じゃない、心にも無い嘘すら吐ける気の強いお嬢様なんざ面白いじゃねえか。
――自然と笑みが零れた。
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