テニスの王子様 [DREAM] | ナノ
鼻で笑いおったでアイツ。あん時の顔ほどムカつくもんはない。
跡部と同じクラスやってことは知っとったけど隣の席やとかホンの少し仲がええとか知らんかった。跡部はああ見えて黄色い声の女子嫌いやから、普通に話せる女子とか珍しいんや。女テニの部長とか生徒会役員でもかなり距離は置かれとんのに。

ゆいがソレに該当しとる事実に、ただただ苛立った。




近所の足さん 06




学校でのゆいは基本的に万人と何となくうまくやってける性格の持ち主で無害。人と人の壁はないようで気付かんところである程度の線を引いて、無茶なこともヤバいこともせんタイプや。協調性の欠けた俺なんかとはちゃう。欠落した跡部ともちゃう。ほんまにフツーなんや。だから、跡部が毛嫌いせんと話す理由は分かる、分かるんやけど…納得は出来ひん。

「珍しいこともあるもんだ」
「……何がや」
「お前に気に掛けるヤツがいるとは、な」

気に掛けとるんやない。思いっきり気にしとるんや。



最初こそ「ふーん下の階におるんや」くらいでゆいが同じマンションに住んどるとかどうでも良かってん。
ただ、この子がいつ俺の住所バラしたりするんやないかとか友達呼んでハチ合わせするんやないかとか…そんなんを気にしてばっかやった (秘密主義で通しとるからな)。けど、数日が過ぎても一週間過ぎてもなーんもあれへん。そう、彼女は無意識に俺が困るようなことはせえへんて知った。

「なあ、志月は友達とか…部屋に呼んだりせえへんの?」
「んー…呼ばないし呼べない、かなあ」
「何やそれ」

たまたま会うたエレベータの中、ほんの一瞬の会話。

「私が一人暮らしだってこと言ってないんだ。それに忍足だって困るでしょ?」
「……え?」
「女子に住所聞かれて困ってるの見たことあるもん。あ、着いた。じゃあね」

今まで話もしたことなかった子や。俺は彼女がどんなんかも知らんかったし、まあ見たとこ元気な子やなーくらいしか思うてなかってん。けど、この時初めて悪い子やないってことを知った。黄色い群衆とは何か違うって思うた。
それからや。何気なく同じ境遇のよしみで差し入れ持ってってみたり、自分から挨拶してみたりのアクションを取り始めたんは。

「実家から洋菓子送られて来てんけど…俺、好きやないねん」
「洋菓子!?」
「志月はこういうん好きか?」
「大好き!うわー貰っていいの?」

「こないだのお礼なんだけど…実家から届いたわらび餅!忍足、和菓子は好き?」
「まあ、好きやね」
「良かったー。じゃ、お裾分け」

「あ、おはよ。今日も天気いいね。そんな素敵な日曜も部活とか大変だねー」
「おはようさん。でもまあ午後からは雨やで。洗濯物は取り込んどき」
「嘘!思いっきり洗濯しまくったのに!」
「そら残念やったな。じゃ行くわ」
「あ、気を付けてね。行ってらっしゃーい」

何も聞かん。何も質問せえへんと普通の会話。ほんのりあったかい雰囲気。
無理して合わせんでもええ、無理して笑わんでもええ。それがどんなに心地ええもんなんか気付かせてくれた子を好きにならんはずかない。好きに、ならん方がおかしいんやないかて思う。

自覚症状が出てからはそらもう末期や。ふとした時に顔が見とうて急いたらあかんと思いながらも足を運んだ。
おっちょこちょいやさかい玄関の鍵は開いたままやったり、あんま気にせんらしくめっちゃパジャマのまま出て来られてビックリしたり、適当な性格みたいやから玄関先に荷物が山積みにされとったり (模様替えの途中やったらしい) と色んなもんを見て来た。

部屋に上げてくれるようになったんもそういう性格的なものやろうな。
「今日はそんなに散らかってないからお茶でもどうぞ」とか言うて、荒れ放題の部屋に入れてもろた時にはガッと落ち込んだんやけど…それが彼女の素で取り繕ったもんやないと思えば新鮮やった。まあ、茶どころか掃除させたんやけど。



………そないな彼女を跡部が好きになるとか、あるんやろうか。



テニス終わってぼんやり帰りよったらフツーに家に着くわけで。
普段やったら帰ったら何食おかーとか考えるとこやけど今日は何も考えんと着いてしもた。

「あ、忍足。お帰りー」

そこでエレベータ待ちのゆいと会うた。両手に荷物抱えとるとこ見ると買い物の帰りらしい。

「今日もお疲れさんだね」
「……せやね」
「ていうか、今日はごめんね。何かこう、嘘吐いて」

申し訳なさそうに彼女はそう言うたけど…ほんまに悪いんは俺の方や。
俺があないな行動をとったさかい、そういうんに過敏な彼女が察知してそうしただけ。俺が、嘘吐かせてしもたに過ぎん。

「阿呆やなあ。俺の顔色見て言うてくれたんやろ?」
「まあ…そんなとこだけど」
「そしたら謝らなあかんのは俺の方や。すまんかったな」

気分悪くさせたやろ?と聞けば、そんなことないと笑った彼女。
ホッとしたような残念と言いたいような、複雑な感情が入り乱れて笑えた。そう聞けばこう返答が返って来ることくらい分かってたろうに、と。

多分、ゆいは俺のこととか何とも思うてへん。
近所にたまたま同級生おって、そいつが悪いヤツじゃあれへんらしくって仲良くなって、世話焼いてくれるええ人で…せやけど、こないだキスしてしもたんは無かったことになってるんやろか。彼女ん中で。

せやったら跡部は?仲ええカンジでおったけど…跡部ってどうなん?

「忍足ー?エレベータ着いたよー?」
「あ、すまんすまん」

ぼんやり考えとる間に着いとったエレベータに慌てて乗り込んだ。
何や、ごっちゃりしてまう。確かに無かったことにされてしもてる感はあるけど俺、合鍵もろてんで。合鍵て…そう貰えるもんやないのに。焦らんでも…ええやろて。ああもう、コレもソレもあん時、跡部とかに会うてしもた所為やんな。クソ。

「そういえばさ、もうすぐ学園祭だよね。出し物決まった?」
「あー…話し合いは結構進んどるで」

とは言っても、女子が勝手にアクセサリー売るんやて言うとっただけなんやけど。

「そっか、いいなあ。ウチは大モメ中だよ。クラス委員の女の子が守銭奴でねー」
「守銭奴言うたら笹川やろ?1年ん時、クラス一緒やったわ」
「そう!その祐希ちゃんが物凄い勢いでキング儲けしようとしてねー」
「キング儲け?」

こないなとこでも跡部、か。

「うん。キング御用達のパティシエ借りるとかキングブロマイド売ろうとか言ってる」
「……言いそうやな、思いっきし」

何気ない会話に跡部とか…もうええねんけどな。

ゆっくり登ってくエレベータの中、ゆいは笑って学園祭が楽しみだと話しとる。
俺は言うほど楽しみとかではなかってんけど話合わせてせやねーとか心無い返事をしてしもてる。いや、もしもゆいと一緒に見て回れるんやったら楽しいかもしれへんけど…そうもいかんしなあ。

「……今日は何だかぼんやりだね忍足」
「へ?」

本日三度目のぼんやりから現実に戻ったら、俺の顔を覗き込んどるゆいと目が合った。

「あんま味には自信ないけど晩御飯作ろうか?」
「え、あ、ほんまに?」
「うん。賞味期限の関係もあるし、忍足が良ければ」

ヤバイ、跡部とかどっか飛んでった。にこっと何気なく笑うゆいに俺もつられて笑う。

「ほな…ご好意に甘えたろ」
「じゃ、片付け押し付けちゃお」


……ああ、やっぱそうなんや。俺、壊したないねん。この空気。
誰かに知られることで壊されたないし、俺の気持ち言うてまうことで壊してまうんも嫌や。アレを無かったことにされても壊れんかったらええ。

まるで近所の仲ええ年寄りみたいやけど、このままの空気でおれたら…ええと思った。



2012.11.06.


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