そもそも悪質な悪戯を仕掛けた忍足に非はあると思うんだけど、恐怖とか安堵とかの感情が色々ごっちゃになってガンガン泣いて泣き喚いて――…後から冷静になった時、何ちゅう醜態晒してしまったんじゃーい!という恥ずかしさと共に疑問が生まれた。
そういえば…なんであの時、忍足は私を守るとか言ったんだろう。
あの後、らしくない行動を取って帰って行った忍足の姿を思い出す。泣き止ますために置いてったキスの感覚と共に。
近所の忍足さん 05
慌てた忍足が置いてった手土産と思われる茶菓子をテーブルに置いてぼんやり椅子に座って考える。
今になって考えれば、聞き覚えのある声にあんなに怯えなくても良かったのにーとか、何軽く悪戯仕掛けてんだよ馬鹿忍足とか、
自分にもダメ出し出来るくらい冷静にはなってるんだけど何かこう…腑に落ちないというか何というか。
フツー泣き止ませるためとはいえチューとかするか?と。
忍足は随分手慣れてたけど、私は初めてだったんですけど。しかも何か押さえ込まれた感あったというか、深かった、と、いうか…
……どんな顔して次、会えばいいんだろう私。
お腹の中がグルグルするような感覚がちょっと気持ち悪いような痒いような。
思い出しただけで落ち着いて居られないような変な気分になる。物凄く変な感じ。胃もたれとかは違うっていうのは分かるんだけど…変だ。
「ほんと、何なんだ」
誰も居ない部屋に響く声。妙に一人なんだと実感した。
翌日、当然だけど私も忍足も学校にいた。
いた、なんて表現はおかしいかもしれないけど忍足とはクラスは別々だし、よく考えたら此処では挨拶程度はしてもいつもみたいに話し込んだりとかはしたことはなくて「ああ、ガッコにいるな」くらいの感覚しかない。
たまたまご近所さんではあるけどソレをわざわざお互いに口にしたりしないのもあってか、本当に関係なんかなくて知り合い程度の他人って称号が相応しい。もっと分かりやすくいえば、此処では仲良くしてないんだ。本当に。
でもまあ忍足のファンの子も恐いし、それはそれでいいんだけど。
「おい志月」
「あ、キーング跡部。おはよう」
「変な呼び方すんな。つーかてめえ日直の仕事押し付ける気か?」
ん?と思って黒板を確認すると確かに本日の日直は私とキングだ。いつの間に順番回って来たんだろう。
「押し付ける気はなかったんだけど気付かなかった」
「バカか。日誌はてめえが付けろ」
ポン、と軽く頭に置かれたのは日誌。特に書くこともないのに書きたくない内容を書かなければいけない最低のノート。
わざわざ職員室まで取りに行ってくれたんだーと思えば今、バカだと言われた事だとか軽く頭に日誌を置かれたことも無かったことになる。
「取って来てくれたんだ」
「ついでだバカ」
「そうバカバカ言うな。本当にバカになったらどうする」
「心配しなくてもてめえは真性のバカだ」
フン、とキング跡部は嫌な顔をして日誌を置いて何処かへ行ってしまった。悪い人ではないんだけど…ねえ。
好かれて無いにしても究極に嫌われていないってことは分かるけどもキング跡部もまた忍足と同じでハッキリとした性格だ。忍足の方がまだオブラートに包まれてるだけマシだけど跡部はまあ酷い酷い。特に、自分に好意を寄せている女子に対してだ。
まず一つ、スキスキアピールの一環である女子からの差し入れを絶対に受け取らない。「ハン、そんなもん要るかよ」と運が良ければキツく言われて突き返される(基本的に無視)。手紙も同様。
次に、不必要な日常会話を好んでしない。友達だとか仲間だとかは別だけど、とにかくシツコイ女子との会話を好まないらしくって席に誰か来ようものならばすぐさま移動してしまう (今まさにソレだった)。で、その先の居場所は誰も知らない (女子みたくトイレとかだと笑える)。
最後に、告白してくれた女子にさえ冷たい。これはたまたま見掛けたんだけど「好きです!」と顔を赤らめて懸命に告白しているとても可愛い女子に対して「で?それなりのことでもすれば満足か?」と (本当はもっと単刀直入な言葉でした) 下世話なことを言って鼻で笑ってた。酷いと思う。多分、コレに便乗してもきっと酷い言葉でスッパーンと切り落とされるんだろうと思う。
それでもキング跡部の人気が下がらない理由が何なのか、私には分からない。
まあ、悪い人じゃないって私が思えるのは多分、キング跡部にとって私は「無害」な存在であるから適当にあしらってるからだろう。
「おい、バカ」
またも頭上からバカの一言を浴びせられてそっちを向けば、無表情なキングが説明もなく「来い」とか言ってる。
「説明もなしにキング跡部についてったら殺される」
「次の授業の教材揃えるよう今言われた。数が多すぎる。手伝え」
「ああ、なるほど」
「納得したならさっさと歩け」
……奴隷ですか私。
イラッとしたキングが先導する中、ちょっと (大分) 距離を置いて私も一緒に歩く。
その間、複数の人たちから挨拶をされていたけど返事をしたのは友人男性のみ。女子は全無視されて少し不憫になる。挨拶くらい返してあげればいいのに…とは思うけど言って怒りを買うわけにもいかないので見なかったことにして。
教材備品は教室から離れた特別教室と言う名の倉庫にある。此処から必要な教材を持ってってまた戻して、が日直の仕事の一つ。大半の当番がこの教材置き場に行くことがないんだけど今日は運が悪いらしい。
「いいか、今言ったヤツを素早く集めろ。見つけたら言え」
「了解っス」
そんな運の悪さにげんなりだとか跡部の手際良さに感心だとかしながら、先に倉庫へと移動した跡部を追って一歩足を踏み込めば先客の姿。うわ可哀想に、この人もまた運が悪いらしい。一人で何か色々持っていらっしゃる。
「……跡部?」
「何だ忍足、てめえも日直か?」
ん?忍足?
「せや。て、ゆい……志月もかいな」
あ、本当だ忍足だ。てか今、名前を慌てて苗字に言い換えたね。
「あ、うん。席順日直でさ、今、キング跡部と隣なの」
おお、普通だ。私も忍足もちょっとこんなところで会って驚いたけど普通だ。
何かよく分からないことがあって悶々としたけど「どんな顔して次、会えばいいんだろう」なんてことは考える必要はなかったらしい。
「だからその呼び方止めろバカ」
「そっちこそバカって呼ばないでよ」
「つーか、このバカと知り合いなのか忍足」
……あ、って顔した。てか、ウチらが知り合いで何かおかしいんだろうか。
いや、そもそも私たちが知り合いであろうがなかろうがキングは取り立てて気にしたわけじゃないはず。たまたま聞いただけ、だからそこは適当にするりと交わせばいいだけのことなのに、今も忍足の様子が変だ。困ってるような、戸惑ってるような。
「ま、前に同じ委員会だったんだけど」
えーっと少しばかり強引だけど明らかに忍足の方を向いて問いかけてた跡部に向かって私が答えた。しかも嘘。
ほら、何というか忍足も答えたくないんだと思ったんだ。クラスも違う、クラブも違う、共通点という共通点のない私と「実は近くに住んでてそこそこ仲良くしてます」とか言いたくなかったんだ、と。特に跡部がどうこうするわけじゃないだろうけど、からかう材料にはなりかねないわけで。
「……ふーん。つーか、バカに聞いちゃねえぞ」
「またバカって言った!てか、忍足と知り合いで何が悪いのよ」
「いいや別に。どうでもいいからさっさと探せバカ」
トンッと背を押され、ムキーッとなりつつも仕方なしに跡部が言ってた教材を探し始める。
当の跡部は何やら忍足と話をしてるみたいでそれを聞くわけにもいかず、かといって邪魔するわけにもいかないから放置した。ただ、最初の約束通り、一つの教材が見つかる度に報告しろってことだったから一つ見つけては遠い跡部に向かって声は掛けた。
それにしてもこの部屋、埃っぽくて息苦しい。掃除されてるはずなのに掃除出来ない感が満載だ。貴重な休憩時間も削れちゃうことだしさっさと見つけ出してさっさと撤収したい。だから話をさっさと終わらせてくれればいいんだけど。
「おいバカ」
「バカバカ言うなキング跡部!」
私の手の中に教材が2つ、跡部の手の中にも教材が2つ。
「これで最後だ。撤収するぞ」
「おおっ」
「悪いな忍足。お先するぜ」
ふと見ると先に此処に居たはずの忍足はまだ棚に張り付いてて目的物を探しているらしかった。まあそれなりに広いし、一人で探すには手間は掛かると思う。ついでに言えばキングが邪魔しちゃったわけで…時間、大丈夫かな。
「手伝おうか?一緒に探してあげるよ」
「いや…ええよ。ちゃんと持って行きーな」
「……そう?」
妙に、納得いかない表情をしてたと思う。それは私じゃなくて、忍足が。
手伝う必要がないって言われたら無理やりに一緒に探すなんて出来なくて、変な違和感みたいなものを抱えつつもその場を後にしようとした。気付けばキングはもうすでに居ないし、そこに居ても迷惑だろうし、と。
「じゃあ…またね」
「……仲ええんやね」
「え?」
去り際に忍足が放った言葉、ドアが閉じたのとほぼ同時だった。その言葉に少しだけ、重さを感じた。
2012.05.23.
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