昼休みになる頃、私は決まって一人屋上で時間を過ごしていた。
沖縄のこの時間っていうのは本当に灼熱地獄のようなもので、それを知る生徒たちは誰も屋上には来ない。
だから私は敢えて此処へ…誰にも気兼ねすることなく、一人でお弁当を広げて食事をしていた。
一緒にお弁当を食べよう?と言ってくれる友達はいるのに、それでも私は此処が好きで、此処で食事を採る。
思っているほど苦痛ではない一人の時間、思っているほど心地の悪いものでもない屋上の気候。
一人だから本当に何とも言えない座り方で堂々と食事する私。遠慮も恥じらいもないもので、何処か解放される。
こんな姿、彼らが見たら何て言うだろうか…なんて思いながら。お弁当を眺めながら苦笑するしかない。
だって私はもうその位置には居なくて、彼らが私を見て何を言うかなんて分からなくて、想像するしかない。
「……ゴーヤ、嫌いなのに」
どんどん感化されていく母親をこんなところで自覚して溜め息が出る。ゴーヤなんて向こうでは手も出さなかったのに。
貰ったのとか自分で植えたのとか、とにかく食卓にも並ぶゴーヤには頭を悩まされる。だって美味しくないし、苦いだけだし。
体にいいかもしれないけど限度とかを考えて欲しい今日この頃。沖縄の人は皆好きなのかな?こんな苦いの…
「だよなー。でーじありえん、ゴーヤとか」
「え?」
「つーか、昼の日差しは避けた方がいいぜ」
いつ、屋上の扉が開いたのか分からないんだけど、私の背後に誰か立っているのは確かだった。
振り返れば伸びた私の影に重なるようにして人は居て……ああ、朝も声を掛けてくれた平古場くん、だ。
その後ろには何だろう…物凄く濃く感じる人たちが一緒に居て。え?此処で何かあるんだろうか、こんなに暑いのに。
「彼女ですか?立海から来た転校生というのは…」
「永四郎、マジ知らなかったのかよ」
「ええ。周りが酷く騒いでいましたから逆に興味なかったですね」
「木手らしいや。で、彼女が凛の――…」
「裕次郎!」
……あ、分かった。この人たちはテニス部なんだ。
今朝教室で平古場くんに不意に訊かれた「立海大のテニス部の人について教えて」って言葉を思い出した。
あの時、何も聞き出せなかったから…再度チャレンジしようと思ったわけだ。しかも今度は大人数で、協力者を連れて…
そんなことしても得られる情報なんて無いのに。与えられる情報なんて…一つも無いのに。
「……随分、怯えていらっしゃるようですが?」
「お、おい、変なこと言うな永四郎!別に怯えるようなこと――…」
「……教えられること、ないですよ。何度聞いても」
「え?」
「私はテニスに詳しくないですし、そう関わりも…」
ナイ、とは言い切れないけど、それでも教えられることは無いのは事実。説明も出来やしないし。
そう言っておけば、いずれは引き下がってくれるだろうって思っていたけど相手は……いや、平古場くんにその様子はない。
何か一生懸命に言葉を探しているように見えて、その周りでそんな彼を溜め息混じりに見つめていて。
「いや、そうじゃなくて、な」
「……何ですか?」
「その、やぁが……」
やぁっていうのは私のこと、だよね。私が何なんだろう。何かあるんだろうか?
まさか立海のスパイじゃないか?とか、そういう疑いの眼差しを向けているんだろうか。そんなことそれこそ有り得ないのに。
「やぁが、その……」
「……はあ、凛って情けねえの」
「なっ、俺は、その、言葉を…」
「俺が代わりに言いましょう。えっと…志月さん、でしたね」
「……はい」
長身、眼鏡の彼が表情一つ変えずに眼鏡を上げながら私を見下ろしている。
ちょっとその様子が不快で、食べかけたお弁当を多少乱暴に片付けてスカート払いながら立ち上がった。
まあそれでも…身長差は歴然としたもので前に居る人たちから見下ろされていることには変わりはなかったんだけど。
「ちょっ…永四郎!」
「彼は君が此処に昼休み中居て、熱中症になってしまうことを恐れています」
「……はい?」
「沖縄は本土以上に日差しが強烈です。出来れば校舎に居るか、対策を取るかして欲しいようです」
……何ソレ。ぽかーんとしちゃうようなことを言われた気がする。
それって所謂、助言っていうものなんだろうか。いや、それは言われなくても分かっているような、そうでもないような…
だけど改めて言われるようなことでもなくて、とりあえずは…心配、してくれたんだと受け止めるべきなんだろうか。
「それに、どうやら平古場くんは君のその白――…」
「余計なこと言うな!」
「凛ー…木手に説明してもらった方がいいって。お前の方言酷いし」
「あいー?やぁふらかー!」
「ほれ、もうそれが通じんて」
……目の前で繰り広げられている会話はまるで漫才、内輪ネタだけを延々としているようなものにしか見えない。
聞き取れる言葉だけを掻い摘んでみても文章としては成り立たなくて、面白くも無いお笑いを見ている方がマシな気分。
あまりにもムキになって色々と言葉を漏らしている平古場くんなんて、いよいよ言葉が通じなくて呆けてしまう。
この場合、私に与えられた選択肢は……きっと一つしかない。
「……あ、ちょっ!」
お弁当箱を持って、小競り合いをしている人たちの横を通り過ぎようとすれば平古場くんの呼び止める声。
それを聞こえないフリをして歩いていれば足音が響く。一つは慌しく、残りは静かにゆっくりとしたペース。
「志月!待っ――…」
手を掴まれたと同時に感じたのはぬくもりだけじゃない。何処かで響く不思議な振動。
「……ごめん、電話が」
「おや、校内は携帯電話の使用は禁止ですが?」
「……今後は、気を付けます」
その振動がポケットに入れておいた携帯電話の振動だっていうことにはすぐに気付いた。
長身の彼が真っ先に注意したのは心に留めておいて、取り出してみればメール受信の文字ではなく着信の文字。
「……もしもし」
使用禁止だと言われたそばから電話に出た私は、結構強者なんじゃないかと思う。平然と、当たり前のように取って。
当然だけど長身の彼は良い顔はしなかったし、手を掴んでいた平古場くんも慌てて私の手を離して。
「え?仁王?」
電話の相手は向こうの学校で仲の良かった友達たちだった。履歴は女友達の名前だったのに…声は仁王。
ううん、仁王だけじゃない。他にも何人か声が入り混じっていて、何だかホッとするような空間が電話越しに伝わって来る。
懐かしい雑音、懐かしい人たちの声、代わる代わるに電話口に出る人の名前を当てていく私。
忘れてなんかないよ。忘れるなんてこと、有り得ないんだよ。私の心は、いつもそこに置いて来たんだから――…
「……何だよ笑えるんじゃん……」
平古場くんの囁きは私の耳には届かず、吹いた風に飲み込まれて消えていった。
そんななか、視野に映ったのは険しい表情をした長身の彼で……思わず背を向けて見ないようにした。
後で咎められるかもしれない。学校側に突き出されるのかもしれない。それでも私は話すことを止めない。
これが、今の私に唯一残されたものだから。奪わせない、断ち切らせない。何かあれば…許さない。
-孤独な心-
でーじ…かなり、とても、大層。
ふらか…馬鹿か。
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