テニスの王子様 [DREAM] | ナノ
練習は主に体育の時間を使って行われたが、借り物競走に至っては特に何もすることがない。
仕方なく短距離走のメンバーと共に走り込みの練習をしていれば、彼女は二人三脚の練習をしていた。
知らぬわけのないクラスメイトと肩を並べて、それはそれは楽しそうに…それが酷く苛立ちを感じさせた。

自分から遠ざけておいて、断っておいて。それなのにコレはあまりにも滑稽で笑えるものであり呆れるものがあった。
だったらあの時、彼女の誘いを受けておけば良かったものを。そしたらあの場に居るのは自分だったというのに――…
と、もう一人の自分が囁く声に俺は必至で首を振った。




れたら最後 02




複数で1組となる競技に参加する者は空き時間に練習を行うことになった。
元より団結力のあるこのクラス。誰が言い出してもおかしくはなくて強制・強要でなく自然にそうなったようだ。
休み時間には相手とのコミュニケーションを取り、昼休みには校庭から裏庭から…至るところで練習が始まる。
一応、学校側から優勝チームには金一封が贈られることもあってか、それに目が眩んでいる者も少なくないだろう。

……その中身が購買部にある筆記用具セット及び大学ノートとは知らずに。
この事実を知るのは生徒会役員だけであって、学校側から緘口令が敷かれているので教えられないのだが。



「あ、手塚くん!こんなところに居た!」

練習するクラスメイトをよそに、あれから読み終えた本を今度はギリギリでなくきちんと返却すべく歩いていた時だった。
背後から掛けられた声。振り返らずとも分かっている声。だが…呼ばれては振り返らないわけにもいかず振り返る。

「忙しいのにごめんね」
「いや…どうかしたか?」

ああ、としか言いようがない。声の持ち主が誰であったかなんて確かめなくても良かったのに。
昼にわざわざジャージに着替えた彼女が目の前に居て、これから例の練習に参加するのだとすぐに分かった。

「実はね、私がうっかりしててリレーの補欠を決め忘れてて」

済まなそうに手を合わせているところをみると、その補欠要員になって欲しい…ということは明白だった。
だが、何故俺なのか。そう口を開きかけた時に彼女がポケットから一枚の紙を取り出して見せた。

「ウチのクラスで短距離速いのって手塚くんなんだよね」
「これは…去年の記録じゃないか?」
「そうなんだけど。一応、最新記録も他の人にも聞いてきたんだ」
「……横の手書きがそうなのか?」

小さく記された数字。女性特有だと思われる可愛らしい文字。

「そう。でも見て、去年の手塚くんの記録が上なんだよ」

「ほら」と広げた紙の新たに追記された部分を指でなぞる彼女。綺麗だと思った。
自分の指と比較すれば当然、ゴツゴツしているはずもなければ細く綺麗なもの――…急にぞくり、鳥肌が立つ。


「分かった。補欠登録して構わない」


一歩も二歩も、急に後ずさりするしかなかった。距離を、取りたかった。
自分より一回りは小さい彼女が傍に居て、指から視線を外した時に近すぎた事実に気付いた。
揺れる髪が見え、伏せる睫毛が見え、何かを告げている口元が見え、狭い肩幅、細い腕、そして膨らんだ胸元が見え…
ハッとした時には自分を取り巻く空気が、彼女と同じ甘い香りへと変わっていた。

彼女が近づいて俺が離れるまでにそう時間はなかったとは思う。


「……有難う。多分、補欠の出番、ないと思うから」


ただ「ごめんね」と走り去る彼女の背中を俺はただ見ていた。
あの日と同じように、同じような罪悪感を抱きながら…ただ、俺は彼女の背中を見ていた。

呼び止めて「すまない」と言いたい気持ちもあった。だが、言えやしなかった。
何故、こんな行動を取ったのか。何故、そうせざるを得なかったのか。何故、冷たくあしらうのか、など…話すつもりは、ない。
言い訳を、するつもりもなければ告げるつもりもない。だったら堂々と、毅然としておけばいいのに。させない自分が居る。



「……手塚にしては冷たいことするよね」

彼女の背を追い、それが消えた頃に響いた淡々とした声。

「あの子、手塚のクラスメイトだよね」
「不二…」
「仲良くしないとイジメとか言われちゃうよ?」

彼女に同情して言ってるわけではない。かと言って俺を咎めようとしているわけでもない不二の口調。
いつからそこに居て、どこからやり取りを見ていたのかは知らないが心外だ。別に俺は…彼女をどうこうしてわけではない。
おそらく不二から見てもどうこうしているようには見えていないはずだが、彼の表情は何を考えているか読めない。
いつものように微笑み、癖にも似た口元に手をやる動作をしながら俺を見ている。

「……そんなことはない」
「そう?でもあんな態度取るなんて…」


―― そんなに嫌いなの?


「不二」
「なーんてね。冗談だよ」
「……当たり前だ」


そんなに嫌い、そんなに嫌いなど…


言いたいことを言ってすっきりしたのか、単にからかいたかっただけなのか。
不二はくすっと笑いながら手を振り、教室から顔を出した菊丸の方へと走って行った。
アレはアレで勘の良い男だ。もしかしたら気付いたかもしれないが、それは別に構わないと思った。


―― 嫌いなど、あるはずがない。


それは、彼女にさえ知られなればそれでいいんだ。



図書室に着いた俺は本の返却だけを済ませて新たに本は借りなかった。
手を伸ばした先、彼女の名を見るのが怖かったから。また、変な罪悪感に苛まれるようなことは避けたかったから。

普段ならそのまま棚へと向かうはずの俺に当番の図書委員が不思議そうな顔をしていた。
だが、それに気を留めることもなく図書室を出れば声がした。何処のクラスも同じように、練習を始めているのだと知った。




2010.03.12.



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