テニスの王子様 [DREAM] | ナノ
ぶわっと鳥肌がたった。




生意気な彼女




暑いしダルいし、特に楽しいことなんかもなくて、結構退屈で。
強いて言えば平古場あたりをからかって遊ぶのがまあ日常で…その辺の流れで知った男が隣に居た。
とにかく馬が合わない、確実に喧嘩、どちらが折れることもなく平行線を辿るような、そんな性格の持ち主。
見た目もそうだけど口調から何からを全部含めてであろう彼に付けられたあだ名は「殺し屋」。聞いた時には納得した。
その男は今月の席替えから私の隣に座り、何かしら視線を浴びせてはどーでもいい話をしてくる。
別に人として死ぬほど嫌いじゃないにしても好きでもない。ただ、その視線だけは何とも言えない痛みを与える。

「……木手」
「何ですか?志月サン」
「過去にもう何度もやり取りをしてるとは思うけど…」

今日は今日とてその視線を感じる。真横に居て、私が少し傾いてる所為もあるかもしれないけど、確実に分かる。
めちゃくちゃこっち見てる。見てるというよりも睨んでるようにも思える。
本を読む時に左で頬杖を付いて傾く私の癖と、右で頬杖を付いて傾く木手の癖と。
そのお互いの癖の所為なのか何なのかは分からないけど、余計に何かこう、視線を感じることが判明したのは最近だ。

「こっちジロジロ見んな」
「これでも遠慮してますよ。それとも舐めるように見てますかねえ?」
「何にせよ気持ち悪い」
「失礼ですね。そんなところも嫌いじゃありませんが」
「黙れよ中間管理職」

――強いて言うならば、ただ貴女に見惚れて…声を掛けているだけ、です。
何処のネジが外れたのか、この言葉を木手が吐いて以来、だろうか。木手は平気な顔してそーゆう冗談を口に出すようになった。
疲労なのか何なのかは知らないけど、テニスで外れたネジなら身内で付け直せと知念には言っておいたんだけど。
一向にネジは見つからないのか止められていないらしく、木手はこんな調子。結構ぞわっとする。鳥肌もの。

「俺はいつ君の中で中間管理職になったんです?」
「知らない。でも部長とか言ったら中間管理職でしょ」

言うことを聞きそうにない部員と、これまた破天荒な晴美ちゃんに挟まれて蝕まれてイライラして。
これを中間管理職と言わずして何という。ピシャッと当てはまる表現で落語界なら座布団一枚貰えるわよ。山田くんから。

「そうでしょうか?」
「いや、その辺はどーでもいいから。とにかくあっち向け」
「生憎。俺は左利きでしてね。左手を空ける主義なんです」
「そんなの知らない」

休み時間…いや、どうかしたら授業中だってこのポーズで視線を感じることがある。
絶対、教師も気付いてるはずなのに指摘しないとか有り得ない。むしろ、その辺はエコヒイキってヤツだと思う。
無駄に成績は良くって運動神経とかも無駄に繋がってて素行も悪くはなくって、指摘出来ないというのが現状、だろうと思う。
あーヤダヤダ。授業を聞いてない時点で問題だってのに怒りもしない教師とか、悪の手先と何が違うんだろう。

「……志月さんはいつも何を読んでるんです?」
「それ答えたらあっち向いてくれるわけ?」
「さあ?どうでしょう」

……どっちなんだよ中間管理職!
放置してもどうせ同じ。けどもし、ここで教えたら何か変わるだろうか。

「……ん」
「万葉集、ですか?」
「図書館の本、片っ端から読んでてコレなだけ」
「へえ…」

気が済んだだろうか。少しだけ視線が逸れたのに安心して、また適当に借りた本を読み始める。
本、いうより俳句だらけの和訳だらけ。それでも面白くないわけじゃないから読んでるんだけど……と、木手がポツリと何か呟く。

「世の中に恋てふ色はなけれども深く身に染むものにぞありける」
「……何その俳句」
「和泉式部の俳句ですよ?」
「その人、万葉集じゃなくて小倉百人一首の人よ」
「……そこより内容に触れましょうよ」

――世の中に恋てふ色はなけれども深く身に染むものにぞありける
この世の中に恋色というのはないけれども、その色はこの身に深く染まるものなのですね。
っていうこと?……何ソレ。木手の口からそんな言葉は有り得ないんですけど。
てか、恋色に染まるとか、どんだけ依存してるって話。私にはそういうのの欠片も存在しないってことを木手は気付いてないのか。

「気付けば染まってることもあるんですね」
「知らないわよ」
「そこは「かもね」くらい言いましょうよ」
「そんなの私の口が裂けても出ないわよ」

肯定なんかない。私たちの会話は全て否定で終わっていくものだっていうのにまだ気付かないのか。
結局、読んでいる本を見せたところで木手に変化はないものだから、仕方なく我慢してまた本を読み始めた。
右利きの私。左手でページをめくってくのは結構困難で…これも諦めて視線の中、ただ一句一句、読んでくのに真剣になってみた。



御題配布元 リライト 組込課題・台詞
「黙れよ中間管理職」

2009.07.18. 掘り起こし完成分


(3/10)
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