朝練にしては遅い時間帯だったから「どうしたの?」と聞けば「今日は休みなん」と言われたから、ならば一緒に…と言えば断られた。
何だよ付き合い悪いなーと言おうかと思ったけど、立ち止まったままの忍足が何やら真剣な顔をしたから何も言えなかった。
「ほな、俺お先な。くれぐれも追っかけて来たりせんよーにな」
うーん…年頃の男の子ってのはムズカシイ。女の子もそうらしいけど、男の子も難しいよ。
とりあえず、言われた通りに追うことはせずにじんわり待って、その後にテコテコと歩き始めた。早く起きた意味のない時間になってた。
近所の忍足さん 03
学校での忍足っていうのは、かなり裏表のある人間のようだった。
モテるし人気はあるんだけど好き嫌いもハッキリしてるらしく、人への接し方が人によっては180度ガラリと変わる。
例えば、テニス部の男子となれば冗談言ったり笑い話をしたり…と楽しそうにしてることが多い。まあ、そりゃ仲間だからだろうけど。
それに引き替え、テニス部の女子にはその時だけ合わせてるってカンジの態度。笑ってるけど…会話が終わると何とも言えない顔をする。
クラスメイトも同じ。男子にも女子にも同じ顔をしてるんだけど、女子の時だけボロが出る時がある。傍に居なくなった途端に溜め息、とか。
物凄く疲れちゃうのは分かるけどとにかく溜め息吐く。で、中でも一番酷いのは…忍足好きの女の子に対してだ。
「忍足くーん!」
「こっち向いてー」
黄色い声、挙げられてもおかしくないルックスわけで慣れてるはずでしょ?なのに忍足はそういう女の子には冷たい。
そりゃもう跡部バリに「消えろや」と言い放ってるのを見た瞬間は結構ビビッたのを今でも覚えてる。たまたまテニスコートを通り掛かった時だ。
少なくとも私の知ってる忍足ってのは穏やかな雰囲気なんだけど、学校での忍足っていうのはそんな裏表のあるクールな雰囲気。
そんなのもあってだろうか。一緒に登校しようという提案は却下されたのは。てか、私と忍足の接点が学校で少ないのも。
うーん…そうなんだ。とにかく忍足は謎な存在なんだよ。とか、少し学校で考えてはみたものの、それで忍足について考えるのを止めた。
「ゆい!」
「ん?」
授業も終わって帰宅部だから早々に家に戻る私。エントランスを過ぎ、いざエレベーターへ!という手前で呼び止められて振り返れば忍足。
おっかしいなあ、こんな時間に帰って来るとか…と朝と同じことを考えて「部活どうしたの?」と聞けば「今日は休みなん」と言われた。
おお、デジャヴだ。この件は朝の再現に等しいわーとか、本当にどうでもいいこと考えつつも乗り込んだエレベーター。忍足も一緒。
「今朝はすまんかったなあ」
「ん?何が?」
「あー…折角、一緒行こーて言うてくれたんに」
「うん。大丈夫、気にしてないし」
むしろ、忍足がそんなこと気にしてたことにビックリだよ。年頃の少年ってのは本当よく分かんないなあ。
とりあえずは気にしてない旨を伝えたなら忍足は少しホッとした様子で顔を和ませる。そっか、これぞ世渡り上手の鉄則かな。
うん、こーゆーとこでも忍足には教えられることがあるんだなーと思いました。勉強になります。
「ほんま、堪忍な」
「いいって。恥ずかしかったんでしょ?」
「は?え、あー…まあ」
「普通そうだよね。何言われるか分かったもんじゃないし」
てか、んなことしたら忍足ファンならびに親衛隊の皆様に物凄い勢いでお仕置きされかねない、なあ。
あーそんなことになるかもしれないことも今頃になって気付くとか結構マイペースだな私。
そうだわ、忍足は物凄く人気あるから逆に危険だ。あの時断ってくれてて良かったんだわ。うん、そうだわ。
とか、頭の中で勝手な解釈をしてるうちにエレベーターが目的の階で止まって私は下りて。
忍足は私のとこより1階上だから…と思って「バイバイ」と言おうかと思えば、何か知らないけど下りてる。ん、何でだ?
「……忍足?」
「もしかしたら気分悪うさせたかな思うて買うてきたんやけど」
「え?何なに?」
……わお、素敵な茶菓子セット。てか、某有名店の煎餅だあ。
何か変わったチョイスだと思ったんだけど、そういえば誰かが話してたっけ。忍足は和菓子が好きだって。
それでこの煎餅セットをわざわざ買ってきたんだろうか…そのルックスで、しかも制服で。
ちょっと想像してみたんだけど、煎餅一つに顎に手当てて真剣な眼差しで悩み選んでる忍足の姿とか何となく笑える。
「……何笑ろてるん」
「いや、何か、一生懸命選んだのかなー?って思ったら可愛くて」
「可愛い言うな。それに迷うてへん」
「え?即決購入なの?」
「せや。コレ俺が食べたかってん」
……て、ことは。つまりは自分用ってわけですか?
お詫びに買って来た発言の裏に「自分が食べたかったから」が含まれてたらそれは確実に自分のためじゃん。
そう頭の中で事が変換されたらプーッと膨れるしか出来なくて忍足を睨めば、今度は忍足がプッと吹き出して頬を突く。
「そない怒るなて。仲良う食べようや」
「……私の部屋で?」
「そ。茶も淹れたるさかい」
「……茶って、私の部屋の、なんですけど」
「つべこべ言わんと行こうや」
なーんだかなー、と呟けば忍足はまるで子供扱い。この煎餅ほんまに美味いんやでー?とか言って笑ってて。
そりゃ、私も煎餅嫌いじゃないし、どちらかと言えばお茶と煎餅のコラボとか大好きで、自分で買ったりしないから食べたいけど。
何か腑に落ちなくてうーん…となるんだけど、忍足がどんどん背中を押すもんだから否応ナシに部屋の鍵を開けた。
当然、忍足はその後に続いて、ご丁寧に入った後は鍵を掛けてくれた。私はいっつも掛け忘れるからのようだ。
「ただいまー」
「おかえりー」
「……忍足がおかえりって言うのは変だよ」
「ほな、お邪魔しますにしとこか」
靴脱いで部屋に入れば当たり前だけど朝のまんま。
あ、窓が半開き。カーテンも開けっ放しで出て来てる。まあいいや。で、部屋に干した洗濯物は乾いてる。良かった。と、
いつものように確認してペタリと座り込めば、忍足が何やら頭を抱えて大きな溜め息を吐いてます。何事だろうか。
「ゆい…窓開けっ放しはどうやろ」
「あー…うん、大丈夫みたい」
「いや、そうやのうて」
「大丈夫だよ、下着も盗まれてない」
「……そういうんやのうて、なあ」
だってさ、開けっ放しで出て来たもんは仕方ないじゃない。
と、いうよりも此処7階だよ?最上階は14階で丁度半分のとこで泥棒さんも一苦労するような位置にあるから大丈夫だと思うけど…
そう忍足に言えばまた溜め息吐かれた。えっと…本当に忍足は世話焼きで心配症な母親みたいな人だなあ、と思うしかない。
溜め息混じえながら「どんな階でも窓は閉めて家を出ること」「カーテンは開けてもレースは閉めておくこと」と細かなとこを突いてる。
勿論、何か理由も添えて話してはくれてるけど、ちょっと頭に入んないや。一度ペタリと寛いだらダメなんだよね私。
「……聞いとんのか?」
「聞いてるよ。努力はする」
「……ほんま、用心せな知らんで?」
「うん。分かったからお茶と煎餅ー」
で、とりあえず茶。で、煎餅食べたい。って思考に物凄くなってて忍足に頼めばもう何度目かの溜め息を貰って、彼はキッチンへと向かう。
お湯は一応ポットにあるよーとは言ってみたけど、いつ沸かしたか分からないお湯は信じられないとか言われたので忍足に任せて。
干しっぱなしの洗濯物に手を伸ばして畳んでみたり。このまま干しっぱなしだと忍足がまた溜め息吐きそうだからね。一応、畳んでおこうと。
てか…茶葉ってウチに存在したっけか?よくよく考えたら買った覚えなんかないかもしれない。急須はあるけど。
「忍足ー茶葉ないかも」
「そんなん分かっとるさかい買うて来てるわ」
おお、流石だね。人の言う天才っていうのはこういう時にも発動するものなんだ。スキル的に発動、凄いなあ。
でもよく考えたら忍足はこの部屋によく来るし、麦茶はあるのは知ってるけどお茶を出した試しがないことも知ってるわけだから知ってて当然か。
片付けもしてもらうこと多いし…下手したら私より何処に何があるか知ってたりして。冷蔵庫の中身とか、見てたりさ。
何だろう、そんなこと考えてたら不意にどんな人なんだろうって思う。
ほら、学校での忍足っていうのは朝に総まとめしたように裏表あるっぽい人で、温かかったりぬるかったり冷たかったり。
でも今は少し違って家庭的で穏やかなカンジで…要は人によって変化のあるタイプ。謎多き存在なわけで。
「ゆい、茶どうぞー」
何でこんなにフォローしてくれるんだろ。損得で考えるなら得するようなことは一切無い。むしろ損ばっか。
お礼は言うけど見返りなんて正直期待できないことくらい気付いてるだろう。それなのに、わざわざ助けてくれる理由って何だろう。
「……ゆい?」
「忍足さー…メイドになるのが夢だったりする?」
「はあ?」
「間違えた!執事だ執事!もしくはホスト!」
ぐるぐる考えた上で出た結論、忍足は執事もしくはホスト職に就きたいのかもしれない。てか、これは相当似合いすぎ。
そう考えれば今のこのフォローっていうのは確実に未来への予行演習みたいなものだって思えて我ながらナイスな理由だとか思ってみたり。
でも忍足はというと、大きな溜め息を吐いて頭を抱えちゃってる。んー…ズバリ図星、突きすぎたかな?
「何考えたらそないな極論出るかなー」
「え?極論?」
「メイドも執事もホストも、そんなん俺の夢やない」
「えー?それはまた勿体無い…」
「どーでもええから食べリ」
そうでした。折角美味しそうな煎餅があるんだし食べないと。
バリバリッと袋を破ってそのまま大口開けて頬張れば、海苔と醤油がうまいことマッチした煎餅に驚く。これはかなり美味しい。
そのことを忍足に告げたら自慢げに「せやろ」と笑って彼も頬張って、二人仲良くバリバリ言わせながら食べていく。
こういう風景ってさ、悪くはないよね。田舎のおじーちゃんおばーちゃんとかって縁側でこんなカンジなんでしょ?テレビでよく観るけど。
それを忍足とやってること自体は不思議なもんだけど、悪くない。むしろ、こんな時間とかって好きだと思う。
「なーんか幸せ。落ち着くなあ」
「何やのんソレ。でもまあ和むわな」
「うん。もしかしたら忍足自体に和み要素があるのかもねー」
学校での忍足にその要素は感じられないにしても、今、こんな風に私を気掛けてくれる忍足にはそれを感じる。
もっとそういうのを全面に出してけばきっと跡部以上の人気が出るだろうに……て、今も十分過ぎるくらいモテちゃいるんだけどさ。
「和み要素なあ…ゆいは和みたい派なん?」
「んーそうだね。基本的にのんびり和んでたい派」
「ほな、頻繁に此処来て和ませたらなあかんなー」
「えー?お返しとか何も出ないよ」
何度も何度も言うように、私に出来ることっていうのは忍足にも当然出来ることで、彼に比べたら私は何も出来ない。
返せるものなんて本当にないし、思い付くなら何か返してもバチは当たらないにしてもその案すら浮かばない。
そんな話はもう忍足と仲良くなってから何度となく話してきたことで分かってるとは思うけど、それでも念押しで言っておく。
そしたら忍足は笑って言った。
「ゆいが和んでくれるんやったらええわ」
その言葉の意味とか意図とかそんなのは分からないけど、それなら随分安上がりだと思って私も笑った。
結果的に分かったことは、忍足は多面性のある人だけど校外の方が素に近いみたいで穏やかな人みたいだ。
でも、何で学校では素を晒さないのか、とか、そういうのは分からないけど…そういうのを知られたくなくて学校では私とは接しないんだと思った。
謎多き忍足少年、お年頃の男の子。
とりあえず、学校では関わらないにしても今みたいに茶飲み友達くらいで居てくれたらいいなーと思いながら二枚目の煎餅を頬張った。
2009.07.20.
もち吉の煎餅食べたい。掘り起こし分にて。
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