近所の忍足さん 08
校内で一緒におるんを、誰かに見られるんを俺は躊躇った。
プライベートでは仲良うしとるわけやしこのままでええと思うとったし、俺やのうてゆいに色々あるとあかんと思うたから。結構過激な子もおるしな。
せやけど…ついさっき跡部は並んで歩いとった。
随分仲良さげに…人目もはばからんと少しの時間であっても横に並んで歩いとった。あんま女得意やないくせに、嫌悪するでもなく隣に。
俺かて出来ひんわけやない、わけやないんやけど…何なんこれ。めっちゃイラッとした。
それが跡部に対してなんかゆいに対してなんか自分自身に対してなんか分からんくなるくらいイライラして…「このままとか無理や」て思うた。だってそうやろ?自分の好きな子が何処ぞの坊ちゃんに持ってかれるくらいなら…
「あ、お疲れー忍足」
「お疲れさん。遅かってんなあゆい」
エレベータのとこ、待ち伏せすること一時間強。ようやくゆいは戻って来た。
跡部と別れた後、すぐに笹川来てんから一緒に何処か行ったんは分かっとる。跡部はマイペースに車横付けで帰ってったからな、一緒じゃなかったんも分かってる。けど、何やムカつくんは今日は一段と楽しかったですーみたいな表情しとるからやろーか。
「忍足は早く帰ってたんだね」
「部活なかってんから」
「そうか。今日って部活のない日だもんね」
にこにこ笑う。可愛えとは思う、けど今日は何や苛立つ。
「ゆいは今まで何しててん」
「祐希ちゃんとケーキバイキング!」
「さよか」
自分で聞いときながら返事はその程度とそっけない。
そうかそうかそない楽しかってんかーふーん…とか、妙に拗ねたような感覚がじわじわ広がってまう。
「……何かあったの忍足」
「は?」
「怒ってる、気がする…」
戸惑うような目で見られてハッとなった。
ゆいは、何も悪いこととかあれへん。俺は彼女の「何か」じゃないさかい、何の口出しも出来ひん立場や。誰と一緒におっても咎めることも、制限することも出来ひん。ただのオトモダチでただのご近所さんや。ずっと…自分がそうして来たんや。だから、悪いんは自分や。
「……ゆいに怒っとるわけやないんや」
「本当?」
「すまん。ちょお八つ当たりしてしもたんや。堪忍な」
「いや、八つ当たりとかはいいんだけど…大丈夫?」
大丈夫か大丈夫じゃないか、そんなん言うたら大丈夫やない。
イライラモヤモヤギズギス、色んな感情が入り混じってドス黒いもんに変わっとる。それはゆいの所為やけど、ゆいの所為やない。この感情をクリアにするには…自分でどうにかせなあかん。それが出来て初めて大丈夫になるんやろう。
「……まあ、気張るしかないなあ」
「うん…」
「ほんま堪忍な。八つ当たりとか最低やった」
「いや、それはいいんだよ?ほんと」
心配そうに見上げてくるゆいにまた、理性の鎖が千切れそうになった。
「……忍足?」
「あ、」
けど何とか最後の欠片が引っ掛かったらしい。我に返ってゆいの頭をくしゃくしゃ撫でて誤魔化したった。
「心配掛けてすまんなあ。大丈夫や…多分」
「……出来れば"多分"は添えないで欲しかったなあ」
くしゃくしゃ撫でながらホッと安堵した。
ついこないだや。ぷっつり切れた鎖の所為で我を忘れて行動に出てしもたばっかや。あん時はゆいも動揺しとったからアレやけど…今はあかん。何も言わんと行動に出るとか動物か!ってなるやろ。そしたら…距離置かれる、嫌われる可能性もあるわけで。
折角ここまで築き上げたもんを一気に崩したない。
「ほんま心配させてすまんなあ。お詫びに俺が夕飯御馳走したるわ」
「え、本当!?」
「何がええ?好きなもん言うて」
「グラタン!!今日食べたくて材料買っといたんだ」
「ほな、サラダも付けんとなあ。偏ってまうわ」
「あ、ドリアでもいいなあ」
「……野菜も食わんとあかんよ」
まあ別にグラタンでもドリアでも構へんけどバランスは大事やで。
と、ゆいを説得しながらエレベーターのボタンを押せばすぐに扉が開いた。当然、一緒に乗り込む。
「じゃあ、着替えて材料持ってくね!」
「俺ん家でええの?」
「うん!だって今、ウチはお部屋フィーバーしてるからね!」
「……次の休みは掃除しよな」
因みに、彼女の言うお部屋の「お」は汚らしいの「汚」や。
ほんま親御さんたちはどないな気持ちで送り出したんかが気になるわ。俺が親やったらこないな娘、心配すぎて防犯カメラを至るとこに付けてまう。
「じゃ、また後で」
「部屋出る時は鍵な」
「オカンか忍足!でも分かった!頑張るよ!!」
……何を頑張る必要あんねん。
口には出さず突っ込みを入れてる間にエレベーターの扉は閉まった。
部屋に戻って着替えながら考えた。
確かに俺が狂いそうなくらい跡部に嫉妬したんは認める。もし、跡部が動き出したら厄介やというんも認める。
けど跡部では作り上げられへん距離を俺は持っとる。この距離はきっと俺だけしか持ってへんし、それが偶然でも俺にしか作ることが出来ひん。
この距離は...少なくとも友人以上の距離で、友人以上の信頼を得られる。
その証拠に彼女はきっとこんな姿でやって来ると想像出来る。
「言われた通り、鍵掛けて来た!」と得意げに話す彼女は多少くたびれたシャツに黒のジャージ、そのポケットからは携帯のストラップがはみ出してる。それからスーパーの袋、片手に二つ持っとるはずやけど一つはグラタン用でもう一つはとりあえずあるものを詰め込んで来たって言うやろう。で、俺が「制服はちゃんとハンガーに掛けたか?」と聞くと彼女は目を見開いた後にヘラヘラと誤魔化すやろう。
彼女がそこまでズボラであることを知るんは身内以外、俺しかおらん。それがこの距離。
部屋着に着替え終わる頃、インターフォンが鳴った。
確認せんでもゆいやと分かっとるけど敢えて確認すれば、相手も俺のことをよう分かっとるんかギョロっとした目だけがばっちり確認出来た。その行動に苦笑しつつゆっくりとドアを開ければ彼女が見えた。
「いらっしゃい」
「お邪魔します。あ、言われた通り、鍵掛けて来たよ!」
「当たり前のことや。で、制服はちゃんとハンガーに掛けたか?」
「え!?あー…あ、そうだ!これ材料とウチにあるもの全部詰め込んで来た」
ドヤ顔でスーパーの袋を二つ突き付けて来たゆいはくたびれたシャツに黒のジャージ、そのポケットからは携帯のストラップがはみ出とる。あまりにも想像通りすぎて笑い出せば彼女は不思議そうな顔して袋の中身を確認し始める。
「別に変なもの入れて来たつもりはないんだけど…」
とか言いつつも袋の中には何故かカップラーメンが入っていてまた笑った。
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