朝一にインターフォンが鳴った。二度、三度と鳴って目が覚めた。
何か荷物でも届いたかな?午前中お届けだけは勘弁してくれよ、とか思いながらガチャリと扉を開けたら、そこに忍足はいた。
近所の恋人になった忍足さん
私服で爽やかな笑顔の忍足とは対照的に寝起きパジャマ姿の私。
今日は文化祭の振り替え休日で学校はお休みですけど?非常に疲れたので昼まで寝る予定だったんですけど?そんなことを考えながら忍足の顔を見る。恨みがましい目をしてるわけじゃないけど、ほんのちょっとだけ憎い。
「どうせダラけとるやろー思うてサンドウィッチ作って来たんやけど」
「え?ほんと?」
「嘘吐いてどないする。一緒に食おーや」
スッと目の前に出されたのは、何ともまあ女子力の高いケースに入れられた綺麗なサンドウィッチ。色も鮮やかでとっても美味しそうだ。
「忍足は本当に女子力高いよね」
「器用や言うてくれんか」
「いや、これは女子力だよ。まあ上がって上がって」
こちとらパジャマで応対することになるけど気にしないで、と言ったら忍足はただ笑った。
あの後、忍足に手を引かれるままに校舎に戻ったわけですが...好奇心の目だけ、誰も何も言わなかった。あの祐希ちゃんでさえ怒ることなくただただ仕事に戻れと言っただけ。もしかしたらキング跡部が何とかしてくれて......と思ったけどその様子もない。てっきり吊るし上げになるのでは?と思って覚悟していたけど拍子抜けした。
文化祭を終えて、稼いだお金を集計して後日パーッと打ち上げをしようって話になったんだけど、その話し合いの途中で何故か空気を読まない忍足が入って来て強制退場させられた。いや、放課後だったし部活もないし何人かはしれっと帰っちゃってたから別に抜けても問題は無かったとは思うけど、私の心境的には「はいい?」だった。けど強制退場させられた。忍足によって。その時、誰かがボソリと呟いた。
―― あんな忍足くん、初めて見た。
私もその時初めて気付いた。
よく分からない部分も多い忍足だけど、私の知る忍足が忍足そのものなのだ、と。
正直言うと、私は忍足がよく分からなかった。
いや、正確には分かったつもりで忍足自身の気持ちなんか微塵も気づいてなかった。それは私が馬鹿だから成せる技だったのか、忍足が神的な演技力を持っていたからかは分からない。だから私は忍足を面倒見のいい人だなーと思ってたし、とても心を許してた。まあ、キスされたことに関しては意味が分からなかったけど...今は納得している。
で、その後、もう一度考えた。私にとって忍足とは何だろうと。
好きだと入ってもらえて、そのままの私でいいと言ってくれた忍足と初めて向き合ってみた。そしたらどうだろう、全く考えがまとまらないほど自然に私の傍に根付いていて、何をどう向き合っていいのか分からないほどの存在になってるじゃないか。それが、忍足と同じ気持ちであるかどうかなんて分からないほどに浸透してることに気付いた。
「飲み物もないやろーなと思って買って来といたで」
「おおう。さすがだね」
「この紅茶、好きやったろ?」
忍足がそう言って手渡してきたペットボトルの紅茶は確かに私の大好きなやつ。
「さすが!さすがとしか言い様がないよ」
「そらそうやわ。ずっと見てんから」
そう、忍足はずっと私を見てくれていた。私も忍足を見ていたつもりだった。
「……?どないしてん」
「いやー…うん、ちょっと考えた」
だけど、私には忍足がよく見えていなかった。
だから気付かなかった。忍足が私のことを好きだって言われるまで、忍足の気持ちも自分の中に根付いた忍足という存在にも。
「やめときやめとき。考えるだけ無駄やて」
「む、無駄ですと!?」
「せやで。フツーに似合わんし」
似合う似合わないとかじゃないよ忍足さん!
馬鹿でも阿呆でも人として考えなければならぬ時だってありますがな!!
「ええやん今まで通りで」
「……何が」
「どうせ俺のこと考えとったんやろ?」
「!!!」
「やっぱな。すーぐ顔に出るさかい分かりやすいわー」
くすくす笑う忍足にギリギリ歯を食い縛る私。見透かされてるってやつか。
「いつも通りでええて。この先の日常に俺がおって、ゆいがおってくれたらええねん」
これからの生活に忍足がいて、私がいる。
これまでの生活の中にも忍足はいて、私はいた。それがいつも通りの日常だった。変わらない、生活。
「まあ、健全なお付き合いだけじゃ済まさんけどなー」
「!!!?」
「そこはゆっくりでええやろ」
忍足はそう言って、自家製のサンドウィッチを食べ始める。
色々と腑に落ちない言葉を投げ付けられ、呆然と口をぱくぱくさせてしまったが朝一の食欲に負けて私もサンドウィッチを頬張る。
「ま、仲良くやっていこーや」
と、笑う忍足に私は何か悔しい気持ちがありつつも「よろしく」とだけ告げて、二個目のサンドウィッチに手を伸ばした。
2017.01.31.
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