ゆいはすぐ流されてまうさかい、すぐ騙されるからな。けど、今日はソレはしたらん。
「受け取ってや」
目の前に差し出されたゆいのと似たカタチをした鍵。
近所の忍足さん 12
「ちょっ、ちょっと待って」
「あんま気ィ長い方やないけどまあ待ったるわ」
動揺してヘンテコな動きを見せよるゆいに少しだけ笑えるんやけど、でも素直に鍵を受け取らんことにはちょお苛立った。
だってよう考えてんか、俺はゆいの部屋の合鍵持ってんで。せやったら交換っちゅうカタチで俺のを持ってたって変やないやろ?とは言うてもこの行動もまた想定の範囲内やけど。
「ほら、忍足はしっかりしてるし別に私が預からなくても…」
相変わらず小声で話しよるけど無駄やて。
皆、聞き耳立てとるし俺かて覚悟はもう決めとる。結果がどうであれ、知られたとてきちんと守ってく覚悟や。何も怖いことはあれへん。
「預けるんやない。貰って欲しいんや」
「もっ、貰えないよ?だって大事な鍵…」
「大事なんは鍵やない」
ただ怖いんは、全ての関係がこの瞬間に崩れてまうこと。
「俺、ゆいが好きなんや。もう結構前から」
教室中がシーンとなってしもたけどまあええや。これ以上、こそこそしても意味ない。
ハッキリさせときたいことは俺がゆいを好きやっていう事実。ねじ曲がった事実を広げられてゆいが痛い目見るんは嫌や。オンナは怖いからなあ。隠れて彼女をイジメてもろても困る。せやから色んな牽制の意味も込めてハッキリ言うたつもりや。
そんな中、金魚みたく口をパクパクさせとるゆいもなかなかかわええけど話進まんから続き言うで。
「俺はイイ人やない。好きやなかったら世話も焼かん。ゆいの兄貴とか執事とかそんなんになりたいわけでもあれへん」
周囲が少し小首傾げたけど知ったこっちゃない。
まあ、勘のええヤツは同じマンションに住んどるんやないか?くらいの感覚はあるかもしれへんけど。まあ実際はそれ以上に密な関係なんやけど。
「あの日、キスしたんも歯止めが効かんかったからや」
「ちょっ、」
「俺らはもうお互いの領域に足を踏み入れてもうた。俺はそこから引くことは出来ひん」
物事はっきり告げるっちゅうんは悪うないもんやね。心のどっかにあったドロドロが溶けてく感覚がする。
けど、唐突過ぎたらしくゆいは相変わらず唖然としたまま、瞬きの回数もやけに多い。
うまいこと返事も出来ずにおるゆいと意外と落ち着いてきた俺と。
シーンとした教室の中、淡々と時間は過ぎていく。周囲もまた時間止めたみたいにピタリと動かない。告白シーンとか、別に珍しい光景でもあれへんはずやのに誰も声をあげることもない。ただ、そんな中でおずおずと俺らに近付いて来る気配を何処となく感じた。
「あの、お、お時間です、けど」
ああ、例の守銭奴・笹川がわざわざお出ましや。
どうやらタイムリミットらしいけど返事は返って来ない。鍵も、その場に置かれたまま。せやったら、と随分動揺しとるみたいな笹川に気にせんと笑顔でお願いしてみる。このままじゃ俺も終われんし。
「この子ちょお借りてもええ?」
ダメや言われたらまた金払うてもええけど?くらいの感覚で聞いたつもりやったけど、笹川は笹川でやっぱ動揺しとるらしい。
「あ……はい」
どうぞ、と頭を下げられるとか思うてもみんかったもん。
机の鍵を再び手に取り、呆然と席についたままのゆいの手も引き、未だ微動だにもしない人たちを横目にサクサク歩き出せばゆいも黙って付いてくる。彼女の教室を出てしばらくしたところでようやく意味不明な叫び声が響き始める。
「あかん。動き出してもうたな」
「お、忍足、」
「ダッシュで移動や。覗かれとうなかったらな」
「え!?」
彼女の手を引いたまま、廊下を走り、階段を下る。
一応、気ィは遣っても速度を落とすと見つかってまう。そんなことを考えながらも何処か晴れ晴れとした気持ちとようやく感じるお祭り気分。彼女が今、どないな気持ちでおるんか分からへんけど…俺は少しだけ楽しかった。きっとスッキリしたんやろな。
「……お、跡部」
ダッシュしながら校舎を出た頃、随分と苛立った跡部を発見。跡部の方も俺らに気付いたらしくあからさまに溜め息吐きよった。
「何だ。ようやくケリついた、」
「まだや。すまんけど部室借りるで」
「はあ?」
「ついでに、跡部のクラス、今頃大騒ぎや。後は頼んだで」
「後は頼んだ、って…おい!忍足!!」
これ以上、話すこととかないっちゅうねん。
徐々に息が上がり始めとるゆいに「部室行くで」とだけ告げたらまだまだ困惑中らしい。未だに動作がおかしい。
繋がれた手がじんわり熱持って、じんわり汗ばみ始めて、それでも離すことなく走る。後続がおるんかおらんのかも定かじゃないけど俺はただただ走っていた。
部室に辿りついた頃、ゆいの息はすっかり上がりに上がりきっとった。
元々運動不得意、部活は帰宅部のゆいやから俺に付いてくるのが精一杯やったんやろうと思う。膝に手を置いて背を丸め、ゼイゼイ息を吐いとるとこを見ると限界やったんやと分かる。
「すまんかったな走らせて」
「い、いや、伊達じゃない、よ、その、眼鏡、」
「……いや、眼鏡は伊達やけど」
「間違えた、運動能力、だった、眼鏡は、伊達、」
「まあ、落ち着き」
色々落ち着いてへんねやな。そりゃ確かに冷静じゃおれへんかもしれんけど…俺が落ち着きすぎやろか。
「な、何で、あんな、」
「ちゃんと話すさかい、とりあえず呼吸整えてーや」
「う、うん」
「ほれ、深呼吸深呼吸」
大きく吸ってー吐いてー、また大きく吸ってー吐いてー。
これを何度も何度もしてるうちに徐々に落ち着き始めて来たらしく、ゼイゼイしてたのがスウスウくらいに変わって、最終的には通常くらいに戻ってった。
ただ、汗は止められんらしくポケットからタオルハンカチを取り出して額を拭ったり顔全体を拭いたりしよるけど。
「そろそろ落ち着いたかいな」
「いやー…あんな速度で走ったのは初めてだよ。50m10秒強の私が」
「そらおっそいなあ」
男女で差がある言うてもそらちょっと掛かり過ぎやと思う……て、話が逸れてもうたな。戻そ戻そ。
「まあ、さっきの話やけどな。俺、ほんまにゆいのこと好きやねん」
「あ、うん、」
「付き合うて欲しい。せやから合鍵受け取って欲しいねん」
……
………
…………
いやいや、何か言えと。
シンプルに分かり易く言うたつもりやってんけど聞いてへんのか?いや、聞いちゃいるはずやけど。
「もいっかい言おか?」
「あ、いや、聞こえてました、けど」
「ほな返事せなな」
今時の園児でも知っとることや。質問には答えましょう、てな。
とは言うてもそういうレベルの話をしとるわけでもなし、戸惑うんも分かりはするけど…俺、どんなことでも待つんは得意やない。
シンプルに、好きか嫌いか。ええんか悪いんか。受け取るんか受け取らんのか。それだけの話や。
せやけど…この様子やとハッキリとは言うてくれへん可能性が高そうや。目が泳いどる。
「なあ、俺が大好きや言うんたは嘘?」
一歩近付いて問う。
「俺が傍におるから安心や言うたんは嘘?」
もう一歩近付いて問う。
「俺が絶対守る、それ迷惑やったん?」
更にもう一歩、近付いて問う。
ゆっくりゆっくりと時間を重ねて培ってきた関係の中で交わした言葉たち。
穏やかな時間の中で同じ時間を過ごして来たやん。それは此処に居る誰かとではなく他でもない俺と過ごして来たやん。
「別にもうイロイロ見てんで俺。今更何も繕わんでええんや」
女子力低い部屋もビックリするような料理も、心配になるような行動も全て俺だけしか知らん。
ダラけた服装もそれに合わせたよな行動も知っとるのは俺だけ。それに幻滅もしとらん。
「俺もずっと前からゆいの前では繕ったりしとらん。これがほんまの俺」
此処で誰かにきゃあきゃあ言われるんがほんまの俺っちゅうわけやない。そんなん一瞬は喜んでも後は疲れるだけ。
ほんまの俺はきっと、もっと穏やかにゆっくりと時間を誰にも邪魔されることなく過ごして行きたかっただけ。
「ち、近いよ」
「近付いとるからな、わざと」
「あの、忍足さん、」
「好きや」
あと一歩の距離。拒絶出来るくらいゆっくり近付いて、ゆいがぎゅうっと固く目を閉じたから俺はそのまま触れた。
あの日は半ば無理やりみたいやったけど今度は猶予も余裕も与えたつもり。けど、あんま怖がらせるのも何やったから一瞬だけちゅっと触れるだけにした。
今度は伝わっとるやろ。ちゃんと自分の気持ちを言うて触れたんやからな。知らんとか言わせんで。
「嫌やった?」
屈んだまま、目線の先には呆然としたゆいがおる。
「……いや、じゃ、なかった」
さよか。ほんなら良かった。今のが嫌やったら答えがNOになってまうとこやった。
「嫌いになった?」
「……なら、ない」
その一言だけでも安堵する自分がおった。けど、それは全体の答えにはならへん。
「ほな俺と付き合うて?これからもいつも通りでええから」
もう一回、俺の部屋の合鍵を彼女の前に出して受け取るようにと促す。
さっきも言うたけど大事なんは鍵やない。これを受け取った先の二人の時間が大事でこれが懸け橋になるんや。
「……いつも通り?」
「せや。一緒にメシ食うて一緒にお菓子食うて、一緒に笑って過ごそうや」
「……パスタ、食べたいな」
そう、そんなんから始めていけばええねん。別に構える必要はない。
「ほんなら今日はパスタにしたろ。カルボナーラでええ?」
「うん。カルボナーラ好き」
「野菜も食べなあかんからサラダも付けるで」
「……分かった」
照れたような恥ずかしがっとるような表情やけど…やっと笑った。
本調子やない笑顔やからこそ気持ちが伝わっとるて分かる。そして、それを受け入れようとしとることも。
「ほなら、コレは渡すさかい失くさんどいてな」
「……分かった。自分のと同じとこに付けとく」
「間違って俺の鍵で自分のとこガチャガチャせんようにな」
「し、しないよ!多分」
手の中から去ってく鍵。一瞬だけ彼女の手が触れて、そこに神経が奪われる。
完全に鍵の気配がなくなったところで思い切って彼女を抱き寄せれば、いつも通りの微妙な擬音を発して彼女が俺の体に触れる。
「前から思うててんけど、口から出る悲鳴が微妙やな」
「なっ、」
「けど、そこも好きやから無理せんでええからな」
彼女の髪に顔を埋めて、彼女を強く抱き締めて。彼女はというと…ちょっとだけ俺の制服を掴んで大人しく捕まってくれた。
2015.10.01.
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