「ケーキ足りない!調理室まで走れ!」
「ジュース足りない!購買で買い占めて来て!」
「全力でおにぎり(全てハズレ)40個握って来ーい!!」
私はきっと彼女によって殺されるでしょう。過労で死んでしまうでしょう。
近所の忍足さん 11
調理室まで走って調理部の人からケーキを貰って来ました。ついでにその途中でクラス男子を捕まえてジュースのお遣いをさせました。で、今は…自分たちの確保した特別校舎の空き教室にて全力で一口大のおにぎりを握ってます。クラス女子と一緒に怨念込めて具(塩)を詰め込んでいます。
「口の中の水分全て奪われるといいわ!」
恐いです。いくら何でもやりすぎじゃ…と思いはするけど言うことが出来ません。殺気がハンパじゃない。
ウチのカフェは通常営業もさることながら「合コンセッティング付き」が大盛況だ。
勿論、皆の狙いはキング跡部。あと一部のクラス男女がにこにこテーブルについて話とかしてるカンジ。その他はカップルのやらせで…とにかく凄いことになってる。私みたいに縁のない子はみーんな裏方でキリキリ働いててみーんなイライラしてるのが現状。そりゃ…怨念も込められますし殺気も凄まじいです。口にも出てます。リア充爆発しろ!!!と叫んでおられます。
「60個も出来たわ。持ってって!」
「あ、アイアイサー!」
「さーて、次は何入れてやろうかしら…ふふふ」
……出来ましたら殺人罪に問われないものでお願いしたいです。
カタチだけは綺麗すぎるおにぎりを持って今度は教室へと急ぐ。祐希ちゃんが待ってる。みくじを引きたい女子も待ってる。でもアレだ。私は今日はこれをあと何回したらいいんだろうか。教室→空き教室→教室→空き教室…と、体育の授業よりハードな気がするんですけど。
「ゆ、祐希ちゃーん…」
「遅いわ!!皆待ってるっつーの!!」
「ご、ごめん。でも60個…」
「すぐ完売するから次!!」
……どんだけ儲かるんだろうウチのクラス。
守銭奴が異様なくらい商売してる最中、キングはその近くで随分とまあお怒りモード。少なくとも一回はヤラセが入ったんだと思う。目を合わせたら確実に石になってしまいそうな程の強烈な力を感じる。因みにキングの傍には何故か数人のクラスメイト(男子)がガードしてるんだけど…アレかな。カメラ対策だろうか。祐希ちゃんってばぬかりはない。
「オイ馬鹿!」
「誰が馬鹿だ!!」
この場からの離脱を計ろうと一歩前に進み掛けた時だった。
少なくとも列に並ぶ女子がキャーッとなっちゃう人がドスの効いた声で私を呼び止めていつも通り返事をしてしまった。
「お、おう…お呼びですかキング」
「……てめえの所為だからな覚えてろよ」
き、キングご乱心でござる!!
おにぎり班も祐希ちゃんも怖いけどキングもめっちゃ怖い。ついでに黄色い声の群衆もギッとこっちを睨んでる!!
「学園祭が終わったら私はすぐに忘れることにします!!」
も、もう嫌だこのクラス!!別に私は何一つ悪いことなんかしてないわ!!
ここまでの大惨事は誤算だよ誤算。いや、ある程度は想定していたけど…ここまで周囲に殺意が湧くなんて思ってなかったもん。怨念こもったおにぎり(塩すぎる)が出来るなんて本当に思ってなかったもん。
「ちょっと!さっさと走れ!!!」
「い、イエッサー!!」
睨むキングに怒鳴る祐希ちゃん。私は再び、全力で廊下へと出た。勿論、おにぎり(塩だらけ)をゲットするために。
走っている過程で色んなクラスも横切るけど皆楽しそうにしているのが何とも言えない気持ちになる。
勿論、忍足のクラスも楽しそうだ……と思いきや、何か、客寄せパンダになってるのを見た。入口に立たされて女子動員に一役も二役も買ってる、らしい。見たこともない愛嬌を振り撒いてらっしゃるけど決して目は笑っていない。
ちょっとだけご愁傷様、と心で手を合わせて私も修羅場、私も労われたい。そんなことを考えながら減速していたスピードを上げた。
辿り着いた空き教室では未だダークな空気が漂う中、皆さんが作業しておられました。
私の到着が遅かったのか、専用のトレイには結構な数のおにぎりがすでに所狭しと並べられていた。見た目は完璧、綺麗なおにぎりですが...どうやら中身はえげつなさそう。
「ねえ…これって…」
「こっちがワサビ、こっちがカラシ、こっちが摩り下ろしニンニクよ」
うん、何か、色が…透けてます。よく見たら片方は内部が緑だし、片方は黄色いよ。匂いもするし。
「次は何にしようかって皆で具材探しも大変よ。アンタは何がいいと思う?」
「えっ、えっと…」
何を入れたら穏便に済むのか…いや、でも中身はハズレでなければいけない。つまり美味しかったらいけない。
けどこれ以上猟奇的な具材を詰めさせるわけにもいかなくて…ううう、困った。
「えっと…い、」
「い?」
み、見えた!発想の兆し!!
「苺、とか、バナナ、は?」
けど別に見えたエプロンの柄がたまたま苺柄だったから言ってるわけじゃないよ!た、多分。
「……はあ?」
「よ、よく考えて?ご飯に苺だよ?気持ち悪いよ!これで練乳とか付けられてたら!」
「……悪くないわね」
「でしょ?バナナだってチョコソース掛けられてたら合わな過ぎて考えただけでも吐いちゃう!」
少なくとも個人的意見だけどね!人は知らないけどね!!
何かよく分からないけど祈るような気持ちで彼女たち(気付いたら人が集まってた)にそう告げたら小規模会議が始まって、私提案の具材について審議がなされている。どうするのか、起用した際の具材の調達方法についてはどうするのか、試食する必要はあるか、とか。
その試食に白羽の矢が立ったらどうしよう…と思っていた時に審議は終了し、議案は可決された。
「じゃあ、具材の調達を適当な男子に振って来て。で、出来たものをさっさと運んで」
「あ、アイアイサー!!」
一難去ってまた一難…試食は免れたけど、異様な匂いを放つおにぎりたちを持って教室まで戻らねばならん。その間にクラスメイトを見つけ出したらお願いせねばならん。てか、私以外にこの仕事してる人っていないの?ねえ?
「早くしなさい!」
「イエッサー!!」
冷たい。ちょっとした助け舟が欲しくて横目で見ていたらシッシッてされた。
仕方なく大荷物を抱えて特別教室を出て、ちょっとだけキョロキョロしながらも私は教室という名の戦場へと再び向かった。
道中、偶然にもクラスメイトを見つけて全力で調達班としての任務をお願いしたら…何故か同情されて数名旅に出た。
教室に戻ると、跡部様ファンでないクラスメイトの子が慌てて私を助けてくれて…状況説明したらまたも同情されて私は休憩となった。
裏方の更に裏に設置された狭い休憩室で冷たくて甘いカフェオレを頂いて、ちょっと泣くかと思った。皆が皆、非道ではないんだと泣くかと思った。
そんな時、またもけたたましい声が響いた。しかも…私を呼んでる。
「ゆい!ゆいー!」
「……へーい」
そろそろ休憩が欲しいです。
そんな気持ちでほんの少ししか座ってない休憩室から顔を出せば、妙に興奮した祐希ちゃんの姿。
「ゆいゆい!アンタ指名入った!」
「氏名?何ソレ。今思いっきり死んでるんですけど…」
一部の優しい人たちと冷たいカフェオレに癒されてるんですけど。
「アンタ忍足とどういう関係!?」
ズゾッ!!と思いっきりカフェオレ吸っちゃいましたよ。
え?忍足?どういう関係って…いや、誰にも、いや、跡部以外の誰にも仲が良いって話したことないんだけど。
「……はい?」
「3-H、忍足侑士がアンタ指名してんのよ!!」
何ですと!?
廊下からこっそり、教室の状況を見て見れば確かに忍足はいた。こーんな居心地の悪い教室の中、窓際の机に座って外を眺めてる。
「お、おー…いる、ね」
「だから!どうすんの?ねえ!」
「と、言われましても…」
うん、困る。いや、でも確かに「興味あったらおいで」とは言った。一応。
でも社交辞令だよ、ケーキとか好きじゃないだろうし、来るとか思ってなかったし、本当に一応ってカタチであって、ね。
「ゆい」
私を指名してくれって懇願したつもりはないんです。ほんと。
それに今までだって学校で話すことなんてそうなかったわけだし、てっきり校内接触禁止!くらいの感覚でお互いに居たようなそうでないような…とにかくこんなことって有り得ない。
「立ったまんま寝たらあかんでゆい」
「いやいや、起きてますよ起きて、」
いや待て。祐希ちゃんの声はこんなに低くてエロボ(エロいボイスの略である)ではない。
「ほな席座ったらええやん」
「!!?」
「ちゃんと金払ってんやから、おいで」
何やっとるんですか!!地域貢献ならぬ他クラス貢献とかする必要ないですよ!!
あわわわしながらもさっきまで忍足が座ってた場所に誘導されて椅子に座らされたら忍足も対面に座った。
当然、黄色い声と殺気。さっきまで私をねぎらってくれてたはずの子がすっっっっっごい目で睨んで来る。跡部様ファンじゃなくて忍足ファンだったとは…
「な、何してんの忍足」
比較的に小声で忍足に声を掛けたら、普通の声で「何で小声やねん」っていつも通りツッコミを入れられた。
いや、確かに小声じゃなくてもいいのかもしれないけどさ。けど、誰も接点があるとか知らないわけで…それなりの配慮ですよ。お互いのためのね。それにほら、跡部も今は居なくって注目されてるんですよ。聞き耳だって立てられているわけですよ。気付いてるっしょ。ねえ。
「まあええわ。実はな、ゆいに渡したいもんがあってん」
「え?今?」
今でなくても時間はあるのに?って意味で。
すると忍足は大きく頷いて「今」ときっぱり言い放った。どうやら急を要するらしいけど…でも、机に置かれたのは、鍵、みたい。え?私のやつ?
「これ…」
「鍵や」
「見たら分かるよ」
「俺の部屋の、鍵や」
………忍足の部屋の?
何で私に?何で今?色んな疑問が沢山ある中で忍足は見たこともない真面目な顔で私を見てて、ただただ受け取るように促していた。
2015.09.29.
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